2022年 9月9日

加山雄三リスペクト!松任谷由実、竹内まりや、山下達郎、そしてもちろん桑田佳祐

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加山雄三のコンサート「加山雄三ラストショー~永遠の若大将~」が東京国際フォーラム・ホールAで開催された日
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“若大将” 加山雄三、いよいよラストショー


年内でコンサート活動を終了することが発表された加山雄三。ホールコンサートは本日9月9日、東京国際フォーラム・ホールAで開かれる『加山雄三ラストショー~永遠の若大将~』が最後で、あとは12月の「飛鳥Ⅱ」での船上ライヴ『若大将クルーズ THE FINAL~俺は海から生まれた男~』を残すのみとなる。まだ歌えるうちにきちんとケジメをつけたいと、加山自らが下した決断であるという。

最近では脳梗塞など病に倒れるも奇跡的な復活を遂げ、不屈の若大将であることを証明してくれた。ただし今回はあくまでも “コンサートからの卒業” であって、決して芸能活動の幕引きではない。そのことを示すように、新曲「海が男にしてくれた」が先日、8月26日に発表されたばかり。曲作りの名パートナー、岩谷時子が遺した最後の作品に加山が曲をつけて完成させた。加山のペンネームである作曲家・弾厚作も健在である。

ユーミンのルーツ “湘南サウンド”


1960年に東宝入りして俳優デビュー。翌年には歌手活動もスタートした。映画『若大将』シリーズや「君といつまでも」をはじめとする数々の曲がヒットして大ブームを呼ぶも、その後に多額の借金を背負うなど苦難の時代も訪れる。その危機を救ったのは、かつての若大将映画のオールナイト上映から火が付いた新たな “加山ブーム” だった。

その頃出版されたムック本『HELLO 若大将!』(1976年)に何人かの関係者が文章を寄せている。作詞家の岩谷時子や脚本家の田波靖男ら所縁の人物が並ぶ中に、ブレイクしてまだ間もなかった頃の荒井由実(現・松任谷由実)もいた。

ユーミンは、加山が当時所属していたレコード会社、東芝EMIでレーベルメイトでもあった。加山やザ・ワイルドワンズによってもたらされた “湘南サウンド” のキャンペーンが展開された際には、彼女の名前も並んだ。茅ヶ崎を舞台に、老舗のサーフショップ「ゴッデス」も登場する「天気雨」などは紛うことなき湘南サウンドである。

14歳から茅ヶ崎で遊んでいたというユーミンは、青春の想い出の場所で独特なリゾート感を持つ男性の加山に憧れていたそうだ。そしてシンガーソングライターの大先輩として尊敬していると書かれている。逗子や葉山を中心にリゾートミュージックを展開したユーミンのルーツには湘南サウンドがあった。茅ヶ崎の加山の実家のすぐそばに住んでいたというブレッド&バターの岩沢兄弟との縁からも繋がる。



竹内まりやが語った加山雄三。「日本のポップスの原型」


それから4年後、加山の20周年記念の際に作られた非売品本『KAYAMA YUZO』には、竹内まりやが登場している。加山、加瀬邦彦との鼎談による音楽談義で、小学校の頃からずっと若大将シリーズを観ていたこと、ビートルズと同時に日本人でオリジナルをやる人として理想的であったと語っていた。

“日本のポップスの原型だと思う” という見解は、今や日本有数のポップスシンガーとなっている彼女の言葉だけに重みがある。英語詞とインスト曲による加山のアルバム『恋は紅いバラ』を持参してジャケットにサインを貰っているのを見ても、それらの発言が本気でオンリーユーであったことが判る。



山下達郎「ブーメラン・ベイビー」をカヴァー


山下達郎もまた加山をリスペクトしてやまないひとりである。1998年のアルバム『COZY』では、加山の初期の英語曲「ブーメラン・ベイビー」(アルバム『恋は紅いバラ』所収)を軽やかにカヴァーしている。妻のまりやが、加山のサインが入ったLPを夫に聴かせたことは想像に難くない。



その頃、加瀬邦彦がオーナーの「ケネディハウス」で加山が月に一回出演していた日に、達郎&まりやが飛び入りでステージに上がって「ブーメラン・ベイビー」ほかを一緒に披露したことがあった。その場に居合わせた観客の幸運だったこと。

そして2000年に出されたCD『加山雄三 グレイテスト・ヒッツ~アビーロード・スタジオ・マスタリング』では2人の対談が実現した。好奇心旺盛で自由に音楽と接する加山に対して、達郎は「ダヴィンチみたい」と表現する。加山が作ってきた音楽を次々に鋭く分析する達郎。ジャパニーズ・ポップスの二大巨頭のやりとりは実に興味深い。

喜寿記念コンサートで圧巻のサプライズ出演した桑田佳祐


そして加山が最も大きな影響をもたらしたアーティストといえば、茅ヶ崎の後輩で湘南サウンドの後継も担う桑田佳祐であろう。エルヴィス・プレスリーに傾倒していた加山にはロックの血も流れている。さらには美しいメロディに酔わされる哀愁のバラード。「夜空を仰いで」と「涙のキッス」は一本の線でしっかりと繋がっているのだ。

サザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」でデビューしたのは、加山が茅ヶ崎を中心にした作品で紡いだアルバム『加山雄三通り』を発表してわずか5日後のことだった。ジャケットには烏帽子岩が写っている。父親同士が友人で、桑田が乳児の頃に茅ヶ崎パシフィックホテルでスター加山雄三に抱っこされたという、シビれるエピソードもある。



ライヴやテレビ番組で共演の機会も何度かあったが、圧巻だったのは2014年8月に日本武道館で開かれた加山の喜寿記念のコンサートに、桑田がサプライズ登場した時だった。

「君といつまでも」の1番が終わったところで突然演奏がストップし、袖から「船長~、加山船長~!」と言いながら桑田が登場したのだ。沸き上がるオーディエンス。まったく知らされていなかったとおぼしき加山は、「嘘だろ? 本当かよ!?」と驚きを隠せない様子だったが、すぐに「桑田佳祐!」と声高らかに紹介して、曲の後半を共唱する。

続く「夜空の星」も肩を組んで歌い、客席は最高の盛り上がりを見せたのだった。あの場面に匹敵するのは、2018年平成最後の紅白歌合戦における、桑田とユーミンの奇跡のコラボくらいだろう。

これからも音楽は親友


日本のポップス黎明期から、天賦の才能を発揮して唯一無二の音楽活動を続けてきた加山がなによりすごいのは、自分がジャパニーズポップスのレジェンドであるなどとはこれっぽっちも意識していないところ。常に楽しみながら音楽と向き合ってきた。

ジャンルを超えて多岐にわたるその歌世界は、もはや「加山雄三」というひとつのジャンルを形成している。そんな若大将に魅せられて、リスペクトを捧げる後進たちとの絆もずっと変わらない。

「これからも音楽は親友」と語る加山は、頼もしい姿をまだまだ我々に見せてくれるはずである。

愛する時は今、新たな船出の時がまた訪れた。渾身のラストショーの幕がいよいよ開かれる。

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2022.09.09
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カタリベ
1965年生まれ
鈴木啓之
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