12月7日

ライブ番組の先駆け!TBS「キラリ・熱熱CLUB」昭和が終わった日の4日後に聖飢魔Ⅱが?

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photo:TBS  

クラブチッタでの公開放送「キラリ・熱熱CLUB」


1988年、TBSのディレクターとして『ザ・ベストテン』の演出を担当していた私、齋藤薫が同時期に立ち上げた番組が『キラリ・熱熱CLUB』である。

この番組は1988年の12月から1990年の3月まで水曜深夜に放送された音楽番組。川崎に完成したばかりの『CLUB CITTA'(クラブチッタ)』で、ロックバンドやアーティストの番組オリジナルライブを30分の番組にして放送したものである。それまでの音楽番組といえば、スタジオやホールでの収録が中心で、ライブハウスから中継するレギュラー番組はほとんど無かった。そういう意味で、まさにライブ番組の先駆けといえる番組であった。

しかもそれまでライブハウスといえば、『新宿ロフト』『ルイード』のような小規模の “ハコ” がほとんどで、スタンディング約1,000人という大きなライブハウスはこのクラブチッタが最初。『赤坂BLITZ』『Zepp』につながっていったわけだ。そういう意味でも、クラブチッタでの公開放送番組は画期的な番組だったといえる。

第1回目の出演アーティストはレベッカ


1980年代後半、日本のミュージックシーンもロックが市民権を得て、お茶の間にもロックが浸透する一大ムーブメントになっていた。キラ星のごとくロックバンドやアーティストが登場し、ヒットチャートやライブシーンを大いに盛り上げていた。この番組にも1年3か月で、64アーティストが出演し、当時人気のあったビッグネームが次々に出演してくれた。彼らにとっても、スタジオで1曲しか歌わない音楽番組よりも、30分まるまるライブを放送してくれるこの番組に出演することを選んだのである。

1988年12月、第1回目の出演アーティストは、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったレベッカ。「フレンズ」や「RASPBERRY DREAM」などの大ヒットをひっさげ、武道館6日間のコンサートを成功させたバンドが、クラブチッタのステージに登壇、ボーカルのNOKKOを中心に最高のライブを披露してくれた。当時、ホールなどの公開番組でお客さんは当然着席。それが全員立ち上がって体を揺らしてノッている姿に、公開放送担当のおじさんたちは目を丸くしていた。収録終了後、レベッカのメンバーたちと、川崎の焼肉屋で打ち上げを行ったのも忘れられない。久々のライブハウスで “とても楽しかった” と喜んでくれたので私も非常に嬉しかった。

ブレイクする直前の森高千里も登場


第2回目の収録はSHOW-YAと森高千里、当時ガールズロックの中心だったSHOW-YAは安定の熱いステージを見せてくれたが、森高は、ちょうど「ミーハー」や「ザ・ストレス」が注目を浴び、翌年「17才」でブレイクする直前だった。新鮮で初々しい彼女だったが、他のアイドルや歌手と違う、ただものじゃないオーラはこの時すでに身にまとっていた。

忘れられないのが、第5回の聖飢魔Ⅱ。収録は1988年の年末だったが、放送は翌年の1月11日。そう、昭和天皇崩御の4日後だった。よりによって悪魔姿のデーモン閣下が客席に向かって「♪今宵地獄へ落ちるのだ」とシャウトする。そんなものをこの時期に放送するのはあまりに不謹慎ということで、後日落ち着いてから放送されたようだ。

回を重ねるにつれて会場は満員状態。熱いステージが繰り広げられた。アーティストによっては、ステージ上から客席にダイブするといった危険なシーンも何回かあった。客の女性たちが盛り上がりすぎて、次々と酸欠、あるいは過呼吸になり、クラブチッタのロビーが野戦病院のように横たわった女性たちで埋めつくされたこともあった。そして、いつからか収録の時には看護師を1人配置するようになったのである。また、客が揃ってジャンプしたりダイブしたりで、急遽耐震工事を行ったため、しばらく会場が使えなくなったこともある。

「ザ・ベストテン」とのコラボも!


その後も、BUCK-TICK、永井真理子、バブルガム・ブラザーズ、爆風スランプ、ZIGGY、筋肉少女帯、徳永英明、大沢誉志幸、浜田麻里などのビッグネームがステージを飾ってくれた。プリンセス・プリンセスとX(現:X JAPAN)は、ちょうどその時『ザ・ベストテン』にランクインして、この番組の収録も木曜日だったことから、『キラリ・熱熱CLUB』の収録中に『ザ・ベストテン』の生中継が行われた。まさに、『キラリ・熱熱CLUB』と『ザ・ベストテン』のコラボだったのです!

この番組に出演してくれたアーティストたちは全員が全力の真剣勝負で、特にRED WARRIORSは、ライブが終わった後、楽屋で熱い反省会をしていたらしく、ダイアモンド☆ユカイとシャケ(木暮武彦)の言い合う声がドア越しに聞こえていた。ライブ終了後、1時間以上経ってもメンバーが部屋から出てくることはなく、撤収終わりの我々が帰れなかった記憶がある。それほど熱い番組だったのだ。

番組は1990年3月、LINDGERGとVOW WOW(現:BOWWOW)の出演でいったん最終回を迎えるが、番組終了ではなく、全く同じフォーマットで、『アイラブバンド』というタイトルで続いていった。昭和から平成、日本のミュージックシーンが劇的に変化する中、まさに時代の寵児的な番組であり、今現在につながるロック、J-POPの先駆けとなった番組であったと信じている。


Information
80’s ライブコレクション「キラリ・熱熱CLUB」



80年後半から90年にかけて一世を風靡したシンガーらが、CLUB CITTA’川崎で行ったライブステージを収録したTBS幻の深夜番組を、TBSチャンネルで放送!
▶ 放送チャンネル:TBSチャンネル2
▶ 放送日時:12/26(金)19:30〜20:00
▶ 出演:聖飢魔Ⅱ
▶ 司会:風見慎吾 / 結城めぐみ
▶ プロデューサー:山田修爾 / 斉藤薫
▶ 制作年:1988年

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2025.11.23
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カタリベ
1955年生まれ
齋藤薫
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