1980年代、アメリカのロナルド・レーガン大統領は、ラテンアメリカへの軍事的な干渉を繰り返した。中でも有名なのは、革命によって成立したニカラグア政府を危惧し、イランへの武器売却で得た資金を反政府部隊「コントラ」に提供していたことが発覚した「イラン・コントラ事件」だろう。違法な政治行為として大きく報道された。
ジャクソン・ブラウンの「ライヴズ・イン・ザ・バランス」は、こうしたアメリカの外交姿勢に強く抗議した曲だった。タイトルを訳すと「危うい状況におかれた命」という意味になる。どう転ぶかわからないバランスの上に、たくさんの命が置かれているというのだ。
顔に影のある者達が戦地へ武器を送る
そこは事業利益が生まれる場所
顔に影のある者達とは、アメリカ政府のことを指している。彼らはビジネスとして武器を売る。でも、彼らはその武器が使われる土地の名前さえ言えない。彼らの知らない場所で、彼らとは無関係の人達が戦うことで、彼らは利益を得るのだ。
強烈なフレーズが次々と歌われていく。ラジオやテレビからは、同じ話が繰り返し聞こえてくる。これは自由のための戦いであり、アメリカは多くの友達を救ったと。
でも、その友達って一体誰だ?
政府は自らを殺していることには
ならないのか?
彼らはなんでも売りつける。大統領も、服も、車も、若さも、宗教も。そして戦争までも売りつける。ジャクソンは最後のヴァースで苛立ちを吐露する。
僕は黒幕が誰なのかを知りたい
彼らが問いただされるのを聞きたい
彼らは敵が誰なのかを僕らに語りかける
でも、彼ら自身が戦うことはけっしてないし
死ぬこともない
これは非常にシビアな歌だ。しかし、当時高校生だった僕には、なかなか実感が伴わなかった。「徴兵制度がある国だと、戦争も身近なんだな」とぼんやり思うのがせいぜいだった。でも、今はあの頃よりわかる。それはあまり幸せなことではない気がする。
危うい状況にさらされた命がある
戦火の中に人がいる
大砲のそばに子供たちがいる
鉄条網には血がついている
2017年10月17日、僕は久しぶりにジャクソン・ブラウンのライヴに足を運んだ。「ライヴズ・イン・ザ・バランス」が演奏されたのは、ライヴが後半に差し掛かった頃だった。コーラスの黒人女性ふたりとリードヴォーカルを分け合って歌われた曲は、長い年月を経て、深い陰影と奥行きを持つようになっていた。そして、ストレートなメッセージには悲しみが滲んでいた。
気がつくと、僕は目を閉じていた。耳を澄まして、音楽の向こう側にある何かを聴き取ろうとしていた。
あれから一体なにが変わったのだろう? 世界は良い方へ向かっているのだろうか? 今も危うい状況にさらされた命がある。
2017.10.31
YouTube / Ruth Owens
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