3月21日

生き続ける永遠の18歳、岡田有希子のラストアルバム「ヴィーナス誕生」

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ディレクター渡辺有三が語る“歌手・岡田有希子”


『MAKING OF ヴィーナス誕生』“EPISODE” 1月22日のスナップより

渡辺「じゃ、佐藤さん、スタジオへ」
有希子「………」
渡辺「佳代さん、スタジオへ」

有希子「佐藤佳代は歌いません。岡田有希子が歌います」
そして、有希子はレコーディング・ルームへ入っていった。

―― キャニオンレコードのディレクターの渡辺有三さんは、1年目はシンデレラ、2年目の前半は妖精(フェアリー)、2年目の後半は人魚、と彼女にテーマを与えていた。3年目となる1986年は、もっとスペーシィに、サイエンシティに、と考えている、と語っている。

1983年、オーディション番組『スター誕生!』で合格した少女・佐藤佳代は16歳の誕生日を迎えた3日後に上京し、その翌年1984年4月21日に岡田有希子として竹内まりやさんの作品でデビューした。「六大学の野球を観に行く、山の手のお嬢さん」といったイメージで、楽曲の内容自体はそのイメージよりも一部幼かったようにも見えるが、その歌唱は既に幼さはなく安定感さえ感じさせていた。岡田有希子が歌の中で演じる山の手の女子高生が、好きな彼氏と一歩一歩恋愛を進めていく歌はまさにアイドルとしての王道であり、ビジュアル的にもふんわりした髪型とおっとりした雰囲気がとても似合っていた。

竹内まりや提供「ロンサム・シーズン」で感じた “女性の歌”


これがデビュー2年目から一転する。17歳の彼女が急に大人になったのだ。確かにいつまでも “山の手のお嬢さんが彼氏とゆっくり恋愛を進めていく” 路線というわけにもいかなかったのだろう。彼女がデビューした1984年当時、既に王道アイドル路線がいささか古臭いものになっていた時代であり、実際に彼女自身髪を切りたがっていたという雑誌記事もある。

かくして彼女の髪型はふんわりしたセミロングから一気に松田聖子さんや小泉今日子さん的なショートになり、1985年当時流行の太眉を取り入れた大人びたメイクで、尾崎亜美さんや竹内まりやさんのペンによる、既に初恋ではない、2回目以降の恋を題材とする作品を歌いこなした。

わたしは3枚目のアルバム『十月の人魚』に収録されている竹内まりやさんの作品「ロンサム・シーズン」を最初に聴いたときに、声こそ十代の少女だが、じゅうぶんに恋愛を知り尽くした女性の歌だということを切々と感じたものだ。

10のラブソングを収めたアルバム「ヴィーナス誕生」


そんな岡田有希子さんの4枚目のアルバム『ヴィーナス誕生』は多彩な10のラブソング集だ。アルバム発売直後の1986年4月4日に発行された同名の書籍『ヴィーナス誕生』(ポニカ出版)では、有希子さんは夢の中に出てきた “歌の中のわたし” を “ヴィーナス” と称し、有希子さんとヴィーナスの対話というインタビューも掲載されている。有希子さんは歌の中でたくさんの恋をしてきたという。

歌の中で恋をして、傷ついて、また恋をして。歌を歌っていることで、彼女は艶やかに成熟した。有希子さんは書籍のなかで “歌の中のわたし” に対してのメッセージの最後に、次のように語っている。

「歌うことは、いまのユキコにとって生きると同じ意味なのだから…」

それが表現されたのが『ヴィーナス誕生』だ。

ジャケットはこれまでの彼女のレコードジャケットにない、セクシーさを強調した、胸の谷間まで大胆に見せた衣装で誘っている。先行した大ヒットシングル「くちびるNetwork」からの流れだろう。歌の内容もこれまでよりぐっと大人びて、18歳という実際の彼女の年齢以上に大人びた内容、具体的にはプラトニックな恋愛だけでなく、ヴィーナスのセクシャルな欲望、さらに肉体的な欲望を超えて、包み込むような愛情表現まで見える内容だ。

アイドル作品というのはある種の実験場?




サウンド面ではポップでカラフルなものから、年齢よりぐっと落ち着いた音使いまで、多彩このうえない。編曲はすべて、かしぶち哲郎さんによるもの。プロデューサーは渡辺有三さん。参加ミュージシャンは以下のとおり(敬称略)。

 Drums:かしぶち哲郎
 Bass:奈良敏博
 Guitar:白井良明、岩倉健二、鈴木智文
 Keyboards:岡田徹、西平彰、丸尾めぐみ
 Synthesizer Prog.:森達彦、土岐幸男、深沢順
 Sax:矢口博康
 Chorus:桐ヶ谷仁、桐ヶ谷俊博、白鳥英美子、中山みさ、木下伸司、三井一正

アイドル作品というのはある種の実験場である。ムーンライダーズ、坂本龍一さんを中心にベースはシーナ&ロケッツの奈良敏博さん。そして当時のキャニオンレコードの若手デュオだったFANTIのメンバーが参加している。作家陣もかしぶち哲郎さん、坂本龍一さんの他、大貫妙子さんやEPOさんといったMIDI所属のメンバーが目立つ。音作りは坂本龍一さん寄りで、音を分厚くして破綻なく綺麗にまとめている印象だ。1曲ずつ簡単に紹介しよう。


A-1:WONDER TRIP LOVER


作詞:EPO、作曲:坂本龍一
アルバムの最初は元気な、でも不思議なポップチューン。有希子さん自身、レコーディングする前からとても気に入った作品だったが、歌ってみるとなかなか難しかったとか。作曲の坂本龍一さんが『ヴィーナス誕生』リリースの1か月後、1986年4月に「Ballet Mécanique」として、矢野顕子さんの詞をつけてセルフカヴァーした。この坂本龍一さん版を1999年に中谷美紀さんが「クロニック・ラヴ」としてカヴァーしている。メロディこそ同じだがまったく違う作品となっている。

A-2:愛…illusion


作詞:Seiko、作曲:飛澤宏元
夢で見たまぼろし。マイナーのメロディが載った歌の内容はかなり大人びている。スカのリズムと随所で響くサックスが印象的。有希子さんはこの曲についても「早く歌いたい」と書籍『ヴィーナス誕生』で語っている。大人の男性との恋愛に憧れていたのかもしれない、18歳の素顔が垣間見える。

A-3:ヴィーナス誕生


作詞:前川由佳、作曲:木下伸司
好きな男の子と初めて肌を合わせる前のことを想像する女の子。ヴィーナスはローマ神話の愛と美の女神。歌の世界に入りやすかったのか、いちばん有希子さんが “なりきってる感” が強い。FANTIのメンバー・ライター陣によるポップな作品。


A-4:Spring Accident


作詞:EPO、作曲:大貫妙子
「曲や詞はすごく好きなんだけど、(歌の中のわたしは)ユキコ自身の気持ちとはちょっと違う」という有希子さん。転調の多さとドラムと矢口博康さんのサックスが印象に残る。

A-5:銀河のバカンス


作詞:高橋修、作曲:三井一正
ロマンティックなミディアムナンバー。有希子さんのヴォーカルは、松田聖子さんの「秘密の花園」を思わせる。初期からのファンにとっては、『ヴィーナス誕生』の作品の中でも比較的馴染みやすい作品だったかもしれない。

B-1:ジュピター


作詞・作曲:かしぶち哲郎
ロック色の強いナンバー。有希子さん本人も相当ノッて歌っている様子。何度かのリテイクの後、最後に有希子さん本人が歌いなおした、というエピソードが『MAKING OF ヴィーナス誕生』に掲載されている。路線変更をするのだったら、ロック系に行ってもよかったかもしれない… と今聴くと思うのだ。

B-2:くちびるNetwork


作詞:Seiko、作曲:坂本龍一
カネボウ化粧品のCMソングのタイアップもあって、先行発売(1986年1月29日)されたシングルは大ヒットした。作詞した “Seiko” こと松田聖子さんが乗り移ったようなヴォーカルスタイル。松田聖子さんの詞は、男性を翻弄し、自ら誘うコケティッシュでセクシーな女性を体現している。そのことばを一生懸命に表現する有希子さんが愛おしい。

B-3:眠れぬ夜のAQUARIUS


作詞:麻生圭子、作曲:坂本龍一
AQUARIUS、水瓶座。松田聖子さんもアルバム『Tinker Bell』で同じく「AQUARIUS」という曲を歌っている。みずがめ座を目指すというところは同じだが、まっすぐ力強く飛んでいくような聖子さんとはまた違う、障害のある恋を成就させるために、たおやかに、三日月に乗って飛んでいく、大人になっていくTWINKLE GIRLを演じられるのは有希子さんが唯一無二のように思えるのだ。『ヴィーナス誕生』最終期のレコーディングだったという。

B-4:水晶の家


作詞:高橋修、作曲:かしぶち哲郎
イントロからドラムが主役。メン・アット・ワークの「ダウン・アンダー」をどこか思わせるリズムに、そこはかとないエロティシズムを内包したことば。しっとりとしたメロディを歌いこなす有希子さんのヴォーカル。有希子さんがいちばん艶っぽいのはこの作品だろう。

B-5:愛のコロニー


作詞:かしぶち哲郎、作曲:かしぶち哲郎
歌詞をよく読み解きながら聴くと、とてもセクシーなワルツである。18歳の彼女が、いつかこういった場面に好きな人と身を置くことを想像しながら歌っていたのかと思うと涙がこぼれる。


―― 繰り返しになるが、彼女は岡田有希子として作品を歌うとき、詞の中に存在する女の子、女性の気持ちになりきっていた。佐藤佳代が生身の女性として実際に恋愛の渦中にあったかどうかは別として、頭の中で恋愛は十二分にしていたのだろう。器用さに加えて努力家でもあったため、与えられた楽曲をらくらくとクリアしてしまうことを、周囲の大人たちは当たり前のように感じていたのかもしれない。そんな彼女は永遠の18歳として、ずっと変わらずに、リスナーの心のなかで今も生き続けている。

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2022.08.22
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カタリベ
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