よく、クルマは女性に例えられる。
フロントマスクは文字通り、顔だ。流れるようなボディは美しい女性の体を表し、テールライトはヒップラインを彷彿させる。
愛車を見れば、その男性の好みの女性のタイプが分かるというのは、そういう理由である。ちなみに僕は、クルマ選びではリアのデザインを重視する。僕が背中美人に惹かれるのは、そういう心理が働いているからかもしれない。
さて、今回お話するのは、かつて僕が愛した2人の女性の物語である。
一人はアーティストの岡村孝子、もう一人は名を「ホンダ・トゥデイ」という。不思議なことに、両者は同じ時期に登場し、時を同じくして人気を博し、そして相前後して一線から退いた。奇しくも、イニシャルも同じ「T」である。
その物語は、1985年の秋に始まる。
登場から2人はよく似ていた。共にキーワードは “復活” である。
岡村孝子は、かつて「待つわ」で一世を風靡した女性デュオ・あみんの解散後、2年弱の充電期間を経て、ソロシンガーとして戻ってきたところだった。
一方、トゥデイは、かつて「N360」で一世を風靡したホンダが、74年に軽自動車市場から撤退し、11年のブランクを経て、再び同市場に戻ってきたタイミングだった。
デビューからしばらくは、両者とも静かな日々が続いた。岡村孝子は2枚のシングルを出すが、圏外に93位と、いずれも不発に終わった。一方のトゥデイも、今井美樹が出演するCMでアピールするも、もうひとつ市場に響かなかった。ちなみにCMソングは、来生たかおが歌う自作の「はぐれそうな天使」である。
年が明けて1986年の春、事件が起きた。なんと――2つの線が1本に重なる。岡村孝子の3枚目のシングル「はぐれそうな天使」がリリースされ、それがトゥデイのCMソングに起用されたのだ。
恋したら 騒がしい風が吹き
はぐれそうな天使が
私のまわりであわててる
恋したら 雲の流れも速く
はぐれそうな心があわててる
もちろん、それは先の来生たかおの楽曲のカヴァーである。だが、画面から受ける印象は随分、違う。
バラード調のアレンジで、AメロとBメロが使われた「来生たかお編」に対し、「岡村孝子編」ではいきなりサビから入る。アレンジもポップだ。そのせいか、前作ではどこか物憂げな表情を見せていた今井美樹が、今作では飛び切りの笑顔を見せてくれる。心なし、トゥデイも輝いて見える。
この “共演” がきっかけで、2人はブレイクする。岡村孝子は持ち前の歌唱力が評価され、一方のトゥデイもキュートなルックスとフォルムでたちまち人気者になった。
2人とも、小さな体ながら(ちなみに岡村孝子の身長は152㎝)、それを感じさせない伸びやかな歌声や広々とした室内(トゥデイのホイールベースは小型車のシティより長かった)という共通点もあった。
翌87年2月、2人はある層にフィーチャーされる。
岡村孝子は5枚目のシングル「夢をあきらめないで」をリリース。片やトゥデイは、女性向けの装備やカラーリングを施した特別仕様車の「ポシェット」を発売。岡村が20代のOLから高い支持を受ける一方、トゥデイもユーザーの9割を若い女性が占めるようになった。
88年7月、岡村孝子はソロになって4枚目のアルバム『SOLEIL(ソレイユ)』をリリースして、あみん時代も通じてオリコン・アルバムチャート初の1位となる。奇しくも、そのA面一曲目に収められ、同日シングルカットされた楽曲のタイトルが――「TODAY」だった。
さて、ここから先の話はあまり長くない。
90年代前半にかけて、岡村孝子は6作連続アルバム1位を記録。ソロアーティストとしての不動の地位を確立し、世間から「OLの教祖」と呼ばれた。
一方のトゥデイも痛快だった。1993年にフルモデルチェンジして2代目にバトンタッチされるも、販売不振から翌年、初代モデルを復活させると、これが2代目を上回る人気を得たのである。
1997年、岡村孝子はプロ野球の読売ジャイアンツの石井浩郎選手と結婚。一女をもうけ、事実上、アーティスト活動の第一線から退く。
翌年、それを追いかけるように、初代トゥデイも軽自動車の規格変更を受け、その役割を終える。1つのモデルとしては異例の13年というロングセラーだった。
僕が愛した2人の「T」――。
奇しくも「はぐれそうな天使」で出会った彼女たちは、最後まではぐれることなく並走し、ゴールテープを切った。もしかしたら、2人は同一人物だったのかもしれない。
ほら、よくクルマは女性に例えられる――なんて言うじゃないですか。
2017.06.10
YouTube / Sachio Mochizuki
YouTube / Sapphire Tacako
はぐれそうな天使 / 岡村孝子
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