デイヴ・グロールが泣いた、ABBA2つの新曲
I still have faith in you
I see it now
(あなたを今も信じている やっと分かったの)
I’m fired up, I’m hot, don’t shut me down
(気合が入っているのよ 燃えている 拒絶しないでね)
フー・ファイターズのデイヴ・グロールはABBAの新曲2曲を聴いて “赤ん坊のように” 泣いたそうだ。
去る9月3日午前2時(日本時間)、ABBAの39年振りの新曲2曲「アイ・スティル・ハヴ・フェイス・イン・ユー」と「ドント・シャット・ミー・ダウン」が発表された。
スケールの大きいバラードの前者、ミドルテンポのエレクトロポップスの後者、そのいずれもサウンドはかつてのABBA印であった。70代となった2人の女声ヴォーカルもきらめきを失っていなかった。ABBAの鮮やかな帰還に、僕も寝不足になるほど繰り返し聴き込んだ。
その3日後、日本のユニバーサルミュージックが、この2曲の訳詞を乗せたMVをアップした。初めて歌詞に向き合い、僕もデイヴと同様、目頭が熱くなった。そこにはABBAの活動再開にあたっての熱い想いが綴られていたのである。
短かったABBAの80年代、離婚した夫婦2組での活動は困難に…
それにしても40年近い活動休止はあまりに長かった。誰もABBAの新曲を聴けるなどとは夢にも思っていなかったであろう。
ABBAは2人の女声ヴォーカル、アグネタ・フォルツコグと、フリーダことアンニ=フリッド・リングスタッドと、曲を作る男性2人、キーボードのベニー・アンダーソン、ギターのビヨルン・ウルヴァースの4人からなる。華やかな歴史については語るまでもないが、この内アグネタとビヨルンがバンド結成の前年の1971年に結婚し、フリーダとベニーも長く付き合った末、1978年に結婚している。
ところが翌1979年にはアグネタとビヨルンが離婚。フリーダとベニーも1981年に別れている。ファンの方の気分を害したら申し訳ないが、バンド内に2組 “唄子・啓助” が生まれてしまったようなものだった。そして今回の原稿を書くにあたって調べて驚いたのだが、ビヨルンとベニーはいずれも1981年に再婚していて、翌年には子宝にも恵まれている。
どつき漫才ならば離婚した夫婦でも続けられたかもしれないが、ハーモニーを要するバンドには離婚した夫婦2組での活動は困難極まるものであっただろう。1981年にオリジナルアルバム『ザ・ヴィジターズ』をリリースしたABBAは、翌1982年ベストアルバム用の新曲2曲を発表して活動休止に入る。彼女たちの80年代はあまりに短かった。
因みに男性2人は1981年の再婚相手を今でも伴侶としているが、女性2人はABBA活動休止の後再婚したものの、アグネタは離婚、フリーダは死別し、2人とも今は独身である。
アルバム「ヴォヤージ」制作、そして活動再開の意義
そんな彼女たちを活動再開に向かわせたのは、長い活動休止の歳月と、そして最新技術であった。
ABBAの4人のアバターと10人のバンドメンバーがステージに立つコンサートの構想にABBAは大いに刺激を受け、遂に新曲2曲を提供することに同意、2018年にレコーディングが行われた。その出来栄えに満足した4人は更にアルバム制作に踏み切った。出来によっては無理に発表しないことを前提に。その結果がこの11月5日にリリースされた全10曲のアルバム『ヴォヤージ』。オリジナルアルバムとしては実に40年振りであった。
冒頭で紹介した、アルバムから最初に公開された2曲が、ステージのために作られた最初の2曲でもあった。
アルバムのオープニングチューンでもある「アイ・スティル・ハヴ・フェイス・イン・ユー」で歌われていたのは、メンバーへの蘇った信頼と、新たな一歩を踏み出す決意。再びこんな心境に至ったことへの驚きや、生き永らえてきたことへの感謝も綴られている。
「ドント・シャット・ミー・ダウン」は、別れた男女の再会の歌で、リロードしたから、やる気満々だから、拒絶しないでねとユーモラスに歌われている。この歌詞も勿論、バンドの人間関係を投影したものであろう。
両曲ともバンドについての私的な想いを歌いながら、同時にファンに対しても「信頼しています」「拒絶しないでね」と歌いかけているようにも聴こえる。恐らくはダブルミーニングなのだろう。いずれも非常に優れたポップソングながら、詩には複層的な意味が込められていて、この2曲から僕はABBAの活動再開の意義が感じ取れ、アルバムも素晴らしいものになると確信が持てた。
エヴァーグリーンとはこういうこと! 新旧を併せ持った理想の “再結成”
アルバムからはもう1曲、「ジャスト・ア・ノーション」も先行で公開された。この曲だけはかつての未発表曲を完成させたもので、ヴォーカルは70年代後半のものが使われている。オールディーズの香りのする、ABBAらしいポップチューンだ。
アルバムには70年代のABBAを彷彿とさせるきらびやかな新曲も収められている。「キープ・アン・アイ・オン・ダン」や「ノー・ダウト・アバウト・イット」。しかし前者は、別れる夫に妻が息子から目を離さないようにと諭す歌詞であり、後者は男女の諍いにおいて女性が、自分が悪いのには疑いの余地は無いと反省しながらも諦めはしないという歌詞である。飛びっきりのポップソングに乗っているのは結構ビターな歌詞なのである。
2曲めの「ホエン・ユー・ダンスト・ウィズ・ミー」でいきなり耳を奪われるケルティックなアレンジ、続く3曲めの「リトル・シングス」はクリスマスソング、アルバム最後の「オード・トゥ・フリーダム」は重厚なストリングスをバックにと、ABBAの卓越したアレンジセンスも縦横自在で、アルバムは豊かなヴァリエーションを有している。しかしそのサウンドはどこまでもABBA印。決して古くからのファンを裏切ることなく、しかも古臭く聴こえない。エヴァーグリーンとはこういうことを言うのだろう。
優れたポップスは哀しみを背負っている。40年かけて克服された哀しみが反映された歌詞が、エヴァーグリーンなメロディやアレンジや、滋味を増した歌声に乗ってポップスへと昇華されている。40年を経て変わったものと変わらないものが共にある。僕はここに “再結成” の一つの理想形を見た思いがした。
オリジナルを凌駕するものなど無い、と一般的な再結成に否定的だった僕が今回は脱帽せざるを得なかった。夢のような… とは正にこのこと。こんな再結成ならばビートルズにもして欲しかった、などと叶わぬことに思いを馳せてしまった。
ポップスを低く見てABBAの評価も低かったアメリカのRolling Stone誌も、「Worth the Wait」=待つ価値があった、として5星中4星をこのアルバムに付けていた。ABBAは勝ったのだ。最早彼女たちにとっては勝ち負けなどどうでもいいのだろうが。
※2021年11月15日に掲載された記事をアップデート
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2022.05.18