クラウンレコード(現:日本クラウン)からリリースされた昭和のレアな歌謡曲を復刻するアーカイブプロジェクト『昭和歌謡復刻シリーズ』。ここでは第3弾のラインナップをご紹介。東山明美、黒田ゆかり、小椋ひろ子等、全47枚のシングル作品に及ぶ。今回もオリジナルのレコード盤では滅多にお目にかかれないレアな作品が揃っている。
清廉な歌謡ポップス路線を展開した鶴岡弥生
千葉県出身の鶴岡弥生は俳優・徳大寺伸の門下生で、1974年にNET(現:テレビ朝日)のテレビドラマ『非情のライセンス』で女優デビュー。翌年の『燃える捜査網』などに出演した後、モデルとしてキューピーのCMにも出演。ショートヘアのボーイッシュな魅力で雑誌のグラビア仕事などをこなしながら、1977年3月にクラウンレコードから「サラダの季節 / 冒険」で歌手デビューした。続けて出されたセカンドシングルが「あぶない16才」、この年はもう一枚、俳優・川崎敬三と一緒に歌った「親馬鹿」もあり、父と娘のようなデュエットであった。翌1978年も「さわやか君」「月夜はきらい」と2枚のシングルをリリースし、いずれも清廉な歌謡ポップス路線を展開。
1979年には商品化されていた猫のキャラクター『スーキャット』のイメージソング「スー・キャット・ソング Part2」を歌った。“Part2” となっているのは、ザ・ニャニャモンハンの歌うイメージソング「スー・キャット・ソング」があったから。翌1980年4月に東京12チャンネル(現:テレビ東京)でスタートしたアニメ『スーキャット』では主役の声を演じると共に主題歌も歌った。それがオープニングテーマとなった「夢みるスーキャット」で、カップリングの「青い風の日」は関西版のエンディングテーマとなった。アニメのキャラクターはキャンディーズのスーこと田中好子がモデルとされた、猫たちがアイドル歌手を目指す物語であった。
鶴岡はもう1枚、"鶴岡やよい" 名義で1981年に「ペルシャン・ブルー・ナイト」をリリースしている。カップリングの「ミステリアス・ショック」と共に、スーキャットのイメージを脱ぎ捨てた大人っぽい曲。シングル盤のジャケットもロングヘアでノースリーブのセクシーな写真だった。これが現在に至るまでのラストシングルとなっているが、スーキャット関連のアルバムにもクリスマスソングを吹き込んでいた。
スリー・グレイセスを追うような形で活動を始めたヤング・ピンポンズ
ヤング・ピンポンズは1963年に結成され、1964年から1965年にかけて4枚のシングルをリリースした3人組のコーラスグループ。既に活躍していたスリー・グレイセスを追うような形で活動を始めた。デビュー曲となった「さらば涙よ」、2枚目の「彼はバーモント」は共に星野哲郎が有田めぐむ名義で作詞している。次の「恋のティー・パーティ」は守屋浩との共唱で、米山正夫の作曲による明朗ポップス。それから1年以上経ってから久しぶりに出された「夕陽が沈むと」は、中古市場への出現率から察するに、彼女たちの一番売れたシングルと思われる。デューク・エイセスの初期メンバーだった和田昭治が作曲を手がけた。
「平凡パンチ」のイメージソング、「真夜中のパンチ」
黒田ゆかりはクラウンレコードにおけるキューティーポップスの人気ナンバー、中川ゆき「東京スカ娘」のカップリング曲「スカで踊ろう」でマニアの間に知られた感がある。コロムビアからの移籍組のひとりで、文字通りパンチの効いた歌いっぷりの「真夜中のパンチ」は、ジャケットにあしらわれたタイトルのロゴからも判るように、創刊されて間もなかった雑誌『平凡パンチ』のイメージソングである。星野哲郎と小杉仁三のコンビによるもの。情緒的な「花はいつ心に咲く」はそれから約1年後に出されたシングルだった。
南こうせつ作、小椋ひろ子「しあわせの予感」
小椋ひろ子は中学時代から劇団に所属して大河ドラマにも出演していたが、なんといっても1972年にスタートした日本テレビ『飛び出せ!青春』で生徒のひとり、大島妙子役を演じたのが印象に残っている。ドラマの放送が終了した1973年に「恋算数 / さよならの手紙」で歌手デビューした後、1976年までに計7枚のシングルを出している。1974年の「しあわせの予感」は、レーベルメイトでもあった、かぐや姫の南こうせつの作品。その後、1977年からは美原圭子に改名。演歌へとシフトして活躍した。1990年代以降は「小椋寛子」として時代劇などに出演。現在も地元の浜松を中心に活動を続けている。
ほかにもクラウン初期に活躍した青春歌謡路線の東山明美、坂芳子の作品が解禁された。東山は日本テレビのオーディション番組『ホイホイミュージックスクール』出身で1964年デビュー。バラエティや歌番組と並行してテレビドラマにも出演。フジテレビのドラマ『お嫁さん』で主演を務めたことで知られる。歌手としては1968年までにB面のみの盤を含めて13枚のシングルを発表した。アニメ『戦え!オスパー』の挿入歌「ユミのうた」は超レア曲。1980年代以降は演歌にシフトし女優としても活躍している。一方、作曲家・遠藤実の門下生だった坂芳子は1963年デビュー。1966年に小林旭と歌った「かけ橋音頭」と、渡哲也との「男がかける夢の橋」がカップリングされたシングルは珍品中の珍品である。
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2026.06.03