もし声に色があるなら、德永英明のそれは、黒に近い青。現在活躍しているアーティストのなかで、空気の澄んだ冬の深夜に一番似ている人ではないだろうか。彼の歌声に乗ると、思い出が鮮度を増す。少し残酷なほどに―― 。だからすごく癒されるのに、心に何か刺さるような痛さも伴うのだ。励ましているようにも泣いているように聴こえる。追憶にも背德にも聴こえる。男性と女性の感情が同時に聞こえる―― 。この人にしか歌ってもらえない、面影や感情のグラデーションがある。だから、多少の傷跡のうずきは覚悟して、人は深く濃い “德永ブルー” を求めてしまうのだ。
伝説のオーディション番組に「スター誕生!」に挑戦
德永英明は今年でデビュー40周年を迎える。その歌声の美しさは、若かりし頃から全く変わっていない。中学2年の時に井上陽水を聴き、歌手という職業を意識したというから、かなり早くから天職と向き合えたタイプといえるだろう。19歳で上京し、歌手になるべく動き出す。そして即効ブレイク… と思いきや、時代の風ってのは本当に気まぐれだ。彼は父親との約束 “25歳までにデビューできなければ歌手を諦める” というデッドラインのギリギリまで苦戦するのだ。あの声を持っているのに!
1983年、21歳のときには、オーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)に挑戦し、決戦大会まで残っている。が、スカウトはゼロだった。あの声でスカウトゼロ!? 日本芸能史の七不思議である。けれど彼は腐らなかった。アルバイト先の、音楽関係者が多く出入りする喫茶店でデモテープを配り、地道に自分をアピールする。そして、1985年第2回『マリンブルー音楽祭』に出場し見事グランプリを受賞。やっと時代が彼を正当に評価… と思いきや、まだまだ向かい風は続くのである(泣)。
その後アルバムタイトルにもなり再評価されたサードシングル「BIRDS」
德永英明は1986年1月26日、自身が作曲した「Rainy Blue」でデビュー。今なお多くの人に愛される超名曲だ。が、当時はオリコンランキング90位止まり。そして翌年7月に発売された4枚目のシングル「輝きながら…」でようやくブレイク。いやいや遅すぎる。それよりひとつ前、サードシングルの「BIRDS」も、歌い出しから彼のハイトーンがスコーンと空気を割り、背中に電流が走るほどの名曲なのである。なのにランキング圏外!もう、首をひねりまくりである。
しかし、それで良かったのだ。今の彼の活躍、楽曲の愛され方でわかる通り、德永英明の曲は年数が経てば経つほど、心の中で発光&発酵するという特殊な作用があることが判明。当時は売れなかったシングル「BIRDS」は、その後アルバムタイトルにもなり、次第に初期の名曲として知られることになっていく。その後も「最後の言い訳」(1988年)、「壊れかけのRadio」(1990年)と大ヒットを飛ばし、これらの曲も30年以上経った今もまったく “懐メロ” にならず、ずっと近くにある。
1993年リリースの「Nostalgia」は取扱注意の名盤
そんな德永英明の作品の中で、聴くタイミングを選ぶデンジャラスなアルバムがある。それは1993年の「Nostalgia」。収録されているシングル、「もう一度あの日のように」「FRIENDS」「僕のそばに」といった名曲ぞろいということもあるが、それ以外の収録曲も全て針のように胸に突き刺さる。特に「魂の願い」は 「♪頑張れ 頑張れ 頑張れ」という彼の叫びが力強いのに、なぜか “前に進まなくていい” と逆を言われているようにも聞こえる。目の前にあるのは戻れない道だと知っているのに、誰にも教えられない、強い懺悔のような――。
尾崎豊の「卒業」を聴いたときと少し似た、“自分のエネルギーを放出して人に与える” ような刹那を感じる。その危なっかしさも加え、このアルバムのとてつもなく深い洞窟でエコーするような感覚は唯一無二だ。この「Nostalgia」のリリースの時期、德永英明は声帯ポリープ手術のため、ツアーを延期。芸能活動への疑問、疲労が重なり、気力体力ともに本当に擦り減っていたという。私がそれを知ったのはかなり後だが、極限の状態が、音からも伝わってくる。
玉置浩二も絶賛!「VOCALIST」シリーズ
その後も彼は、2001年のもやもや病など、何度も活動休止を余儀なくされた。本当は、芸能界という濁流のような世界には合わない人なのではないか。喜びも悲しみも、人の1万倍感じてしまう人ではないか。そうでないと、あの歌声のグラデーションは出ないだろう。同じく繊細な天才アーティスト玉置浩二さんが、ある歌番組で德永について “戦友。相談できる人は德ちゃんしかいない” と言っていた。ものすごく納得である。また、玉置浩二がカバーアルバムを出さないのは “德永が一番だから俺はやらない” のだそうだ。
その玉置さんお墨付きのカバーとは、『VOCALIST』シリーズ。当時、德永はもやもや病を克服。やっと自分の声は武器なんだと思え、このシリーズが生まれたというから驚きである。いやもう世界中の誰もが、ずっと前から德永さんの声は超絶破壊力のある武器だと知ってたよ!遅い遅い遅すぎると地団駄踏みたくなるが、とにかく本当に良かった。母性、やさしさ、受け身の姿勢を感じさせる女性ボーカルの楽曲を中心にしたというのも、彼らしい視点だ。
この『VOCALIST』シリーズは2005年から2015年まで、6枚をリリース。彼は語る。“カバーは “奉納”。世に広まった歌をもう一度煤(すす)を払って現代に戻すのです。歌詞やメロディーの神髄を再現して、またおさめるという感覚ですね”。まさに、祈りだ。
11年ぶりのカバーアルバム「COVERS」
2026年1月21日には、40th Anniversary Album 『COVERS』がリリースされる。スターダスト☆レビューの「夢伝説」など男性アーティストの楽曲も入っており、新たな景色を見せてくれそうだ。リリース情報には “德永英明の真骨頂ともいえるカバーアルバムの新シリーズが始動” とあるので、この 1枚で終わらない予感。楽しみ!
そして、カバーが真骨頂ならば、彼のオリジナルだって真骨頂。2017年にリリースされたシングル「バトン」も、テレビドラマの主題歌に起用された2021年「tomorrow」(アルバム「LOVE PEASON」収録)も、弱くていい、哀しみを抱いたままでもいい、と背中を撫でてくれるような名曲だ。2曲とも10年、20年後、時間とともに、心で発光&発酵し、どんどん感動が膨らんでいくだろう。新曲ものんびりと待ちたい。
德永英明の歌は、追憶や面影の音声化であり、心を落ち着かせる “bless=深呼吸” の音声化でもある。過去も今も静かに肯定してくれる。立ち止まる勇気をくれる。だからこそ私たちは、いつまでも求めずにいられない。
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2026.01.21