弟は役者になった。
役者といってもテレビに出るような俳優さんではなく、人間の深層部をえぐるようなちょっとアングラな舞台役者だ。
子供の頃からすでに自分の生き様の片鱗を見せていた弟よ! お前はいつでもカッコいいよ。姉ちゃんは君の人生を大絶賛だ。人間の狂気を表現しつつもコミカルな要素を挟み込んでくる独特の演技は、もしかしたら小学生の頃にマーク・キングになりきったあの日の経験が礎となったのかもしれない――
我が家にハンディビデオカメラがやってきたのは高校生の時だった。
当時、私たち姉弟はミュージックビデオを観るたび、大盛り上がり。次々に現れるヒット曲と趣向を凝らした映像―― スターたちはキラキラ感を倍増させていた。
そこで、ユリンベ姉弟は夢見てしまった。ビデオカメラがあれば彼らの真似をして、自分たちまでキラキラ出来るんじゃないかと。小学生だった弟は私の影響もあって洋楽が大好き。そんな彼のチョイスはレベル42の「サムシング・アバウト・ユー」だった。
このビデオ、曲が良いのはもちろんだが、メンバーそれぞれがとても魅力的に映っている。とにかく最高なのが、ヴォーカルのマーク・キングの怪優っぷりだ。
列車の中の「静」の演技から一転、白くメイクをした道化師の「動」の演技。マークの演技は、ジャック・ニコルソンのジョーカーを思わせる。弟はこのビデオのマークが大好きで「歌手なのにこんなこと出来るなんでカッコいい!」と痺れまくっていた。
まずスーツの代わりに半纏(はんてん)を着込み、ステッキ代わりに竹の二尺差しを持って、マークになりきっていく――
弟の姿はビデオのマークとは随分とかけ離れた出で立ちなのだが、これは彼なりに考えたマークの狂気をイメージしたコスプレだ。若干コント風ではある。
私は撮影係。ビデオの録画を終え、カセットデッキの再生ボタンを押す。すると音楽に合わせて弟は踊りだす。ビデオのマークのように、コミカルに、時に狂気的にひたすら…
踊る、踊る、踊る。
実際のところ、マーク・キングはミュージシャンとしてすごくカッコいい。86年にヒットした「レッスンズ・イン・ラヴ」ではベースを弾きながら歌う彼を堪能できる。短く持ったベースに弦を弾くスラップ奏法がめちゃめちゃ素敵! おでこは広いが切れ長の目がクールなハンサムベーシストなのだ。
ところで、私たち姉弟が作った作品は、結果的に皆が撮るファミリービデオのような仕上がりだったが、弟の演技がとにかく面白くてお腹を抱えて笑いながら何度も何度も鑑賞してしまった。
このエピソードが思い出で終わらず現在の弟の姿に繋がるとは思いもよらなかったが、これもすべてマーク・キングの怪演ゆえである。
2018.09.13
YouTube / Level42VEVO
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