出会ったときが新曲!世代を超えてつなぎたい50年前の名曲 vol.7▶ タイトル:青空、ひとりきり
▶ アーティスト:井上陽水
▶ 収録アルバム:招待状のないショー
▶ アルバム発売日:1976年3月25日
時代の芯を食ったカルチャーの宿命
「ドリフは今見てもそこそこ笑えるが、ひょうきん族はあまり面白くない」
―― よく聞く言説である。まぁ “笑い” というのは基本、時代と並走するものだから、時間が経つほどに古く感じるのは仕方がない。当時、『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)は、フリートーク&楽屋オチという最先端の笑いで、同時間帯の王者『8時だョ!全員集合』(TBS系)を終了へと追い込んだが―― 現在、主要な動画配信サービスで『ひょうきん族』を見ることは難しい。
一方、『8時だョ!全員集合』は、複数の動画配信サイトで視聴できる。それは、ドリフの笑いが、メインターゲットである子どもたちに合わせて体を張ったものや下ネタが多く、時代性をあまり感じないからである。おっと、どちらが優れているかという優劣の話ではない。時代の芯を食ったカルチャーの持つ、いわば宿命の話だ。
時代を牽引した吉田拓郎と、距離を置いた井上陽水
それは、音楽界にも言えるかもしれない。例えば―― かの吉田拓郎と井上陽水の関係もそれに近い。1970年代前半、拓郎はシングル「結婚しようよ」や「旅の宿」で一躍時代のカリスマとなった。従来の反戦フォーク(プロテストソング)を脱し、耳なじみのよいメロディに、私小説的思いを綴る彼の作風は、個の時代の到来を予感させた。それまでマイナーだったフォークを大衆向けのメジャーな音楽へと導いた功績は余りある。加えて、1974年に森進一に提供した「襟裳岬」(作詞:岡本いさみ / 作曲:吉田拓郎)がレコード大賞と日本歌謡大賞のW受賞。拓郎が時代を牽引し、また大衆が彼を必要とした。
一方、陽水は1972年に井上陽水として再デビューし、2枚目のシングル「傘がない」で注目される。曲の冒頭、「♪都会では自殺する若者が増えている」と歌いながらも、彼は「♪だけども問題は今日の雨」と話題をすり替え、「傘がない」と身も蓋もない虚無感を吐露した。翌年には、シングル「夢の中へ」と「心もよう」が立て続けにスマッシュヒット。そして同年末にリリースされたサードアルバム『氷の世界』が、日本レコード史上初のLPのミリオンセラーを達成する。拓郎の私小説的世界に対し、陽水はどこか傍観者的であった。ある意味、強いメッセージ性や時代性を伴わない作風が、彼なりのメッセージにも映った。
むしろ、同盤で陽水の関心はスタジオワークを深化させるほうへ向かった。アレンジャーに元モップスの星勝に加えて、ローリング・ストーンズのレコーディングメンバーも務めたニック・ハリソンを起用したり、忌野清志郎と合作したり、レコーディングに高中正義や村上 “ポンタ” 秀一、細野晴臣、林立夫ら一流のミュージシャンを迎え、当時まだ珍しかったロンドンでのレコーディングを敢行したり――。ちなみに、A面1曲目の「あかずの踏切り」は星勝の作曲。アルバムの幕開けを他人に譲るあたり、実に傍観者たる陽水らしかった。
そう、吉田拓郎と井上陽水―― 1970年代前半から中盤にかけて、拓郎は時代のカリスマであり、陽水は稀代のヒットメーカーだった。しかし、その後もコンスタントに高いセールスを維持したのは陽水である。一方、拓郎はどうしても1970年代という時代を背負っていた感が強く、1980年代以降、急速にポップスへ旋回する音楽界において、懐古的に見られる宿命を受けた。おっと、断っておくが、どちらが優れているかという優劣の話ではない。
4人のミュージシャンが立ち上げたフォーライフ
さて―― そんな2人が揃って、音楽界にとある事件を引き起こしたのが、1975年6月である。フォーク界の重鎮・小室等をリーダーに、拓郎と陽水、それにフォーク界の異端児・泉谷しげるの4人で、フォーライフ・レコード(現:フォーライフミュージックエンタテイメント)を設立する。その志は “ミュージシャンのミュージシャンによるミュージシャンのためのレコード会社” ――。ところが、これに拓郎が所属していたCBS・ソニー(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)や陽水のいたポリドール(現:ユニバーサル ミュージック)を始め、大手レコード会社8社が猛反発。彼らはレコードのプレス工場と卸会社に圧力をかけ、フォーライフはレコードが出せなくなった。
まぁ、同社を巡る騒動は、別に1つのコラムが書けるくらいの悲喜こもごもの物語があるのだけど―― それはまた、別の話。とにかく、いろいろありつつ、大手8社の1つ、キャニオンレコード(現:ポニーキャニオン)が手を差し伸べるなどのゲームチェンジもあり、晴れてフォーライフはレコードを出せるようになった。まぁ、4人合わせて100万枚とも言われるレコードセールスを失うのは、広い視野から見て、日本の音楽界にとって得策じゃない。かくして4人は順次、新作を発表する。
フォーライフ第1弾アルバム「招待状のないショー」
そんな紆余曲折を経て、陽水が先行シングル2曲を含む、自身5枚目のアルバムとしてリリースしたのが、今回紹介する『招待状のないショー』である。時に、今から半世紀も前の1976年3月25日――。少々前置きが長くなったが、同盤がいかに魅力的か、いかに普遍的で、今聴いても少しも古さを感じないか―― そんなエッセンスを語りたいと思う。
Good,Good-bye さよならBaby
そろそろこれで終りにします
Good,Good-bye さよならBaby
こんなに遅くまでありがとう
このアルバムのリード曲は、先行シングル第2弾としてリリースされた「Good, Good-bye」である。なんとも意味深なタイトルだ。何せ、デビュー以来、連れ添ったポリドールに別れを告げ、フォーライフに移った第1弾のアルバムA面の1曲目である。それなのに、なんとも曲調が明るい。こんなに明るく別れを告げられたら、相手もどう反応したらいいか戸惑うのではないか(笑)。
同曲のアレンジは矢野誠サン。かの矢野顕子サンの最初のご主人で、その縁でバックコーラスはアッコちゃんが担当している。ドラムはポンタさん、ギターは鈴木茂サンと、ここでも実力派が揃う。曲調は軽快なポップスで、どこかビートルズを彷彿とさせる。
アンドレ・カンドレから井上陽水へ
思えば、井上陽水(あきみ)少年が、音楽に目覚めたのも、福岡県田川郡在住の中学3年の時にラジオから流れてきたビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」に衝撃を受けたのがキッカケだった。以来、高校時代はビートルズ一色に染まり、浪人時代に福岡の深夜ラジオ番組『スマッシュ‼11』(RKBラジオ)にリスナーの自作の曲を流すコーナーがあるのを知ると、自宅で録音したテープを持ち込んだ――。
その時に応対したのが、RKBの野見山実ディレクターだった。一聴してその才能に驚き、東京のCBS・ソニーの知人に手紙を書いたのが縁で、1969年9月、陽水は “アンドレ・カンドレ” の芸名でデビューする。しかし、思うように芽が出ず、その後、ポリドールに移籍。芸名をやめて、本名の下の読みを変えて再デビュー。今日、僕らが知る井上陽水が誕生する。そのポップなメロディと独特の歌詞の世界は、多分に彼が信奉するポール・マッカートニーの影響を受けていた。何せポール自身、名曲「イエスタデイ」に “スクランブルエッグ” なる仮タイトルをつけた御仁である。
陽水を見出した男と、福岡ドームの恩返し
余談だが、僕は福岡の会社員時代に、上司を訪ねてやってきた初老の紳士を、出入りの業者さんと勘違いして、上司が戻るまでの間、そのへんの空いているデスクで待ってもらったことがある。そこへ、打ち合わせから戻った上司が紳士を一目見るなり驚き、慌てて応接室へ案内して、僕はこっぴどく怒られた。その老紳士こそ、かつて陽水を発掘した野見山実サンだった。
その日、野見山サンはRKBを定年退職する挨拶に加え、持参した数枚のライブチケットを僕の上司に手渡した。後日、僕もご相伴にあずかったが、そのライブこそ―― 1993年4月10日、完成したばかりの福岡ドームのこけら落としで行われた『ドリームライブ in 福岡ドーム』だった。井上陽水、財津和夫、武田鉄矢、甲斐よしひろら、福岡出身ビッグ4のミュージシャンが集い、新人時代にお世話になった野見山サンの定年退職に際し、その恩返しのために開いた伝説のライブだった。
陽水節がさく裂する「招待状のないショー」
閑話休題――。アルバムの話に戻ろう。A面2曲目は、表題曲の「招待状のないショー」である。前曲から一転してバラードであり、静かな前半部から盛り上がるサビにかけての抑揚と、いわゆる陽水節がさく裂する。タイトルの通り、誰もいない客席を前に、ひとりステージで歌う孤独感を表したもの。おそらく、これもフォーライフを立ち上げ、音楽業界から干されかけた心情が背景にある。ちなみに、同盤には「招待状。」と題したライナーノーツが付いており、これが陽水サンの手書きの散文である。引用させてもらう。
外国へ旅に出たいと思わない
車を運転したいという欲求がまるでない
家を一軒持ちたいと思う気持もさほどない
ステキなスーツ姿でという事もないし
特においしいものを食べたいという事もない
酒の銘柄にコル程、飲めないし
友達と話す事は特別、楽しい事でもないし
極めてたいくつな事でもない
歌を作ったり唄ったりする事に費す時間が
同業者と比べてすこぶる少ない
レコードを聞く事は月一回あるかないかで
ラジオを聞く事はまずない
自分の職業に格別の誇りもなければ
これといってうしろめたい事もない
本当にナイ、ナイづくしだが、
マージャンはヤル。麻雀だけはとことんヤル
これはもう、まいってしまう
いやー たまらん 麻雀
井上陽水
―― なんだろう、これは(笑)。いや、これが井上陽水なのだ。読み手は何か深い意味を探りたくなるが、彼の書く歌詞と同様、さして深い意味はなかったりする(褒めてます)。感性のまま、リズムに乗るままに書き連ねる。たぶん、曲も同様だろう。ただ、そうして出来上がった作品はすこぶる完成度が高い。それが井上陽水である。聴き手はソコから何か哲学を読み取ろうとするが、たぶん、そんなものはない。それが天才の仕事である。
B面2曲目の「坂道」は、唯一、作詞を小椋佳サンが担当している。小椋サンとはポリドール繋がりで、陽水の再デビューの際に小椋サンの楽曲が候補に挙がったらしいが、陽水の持ち歌を聴いて “彼自身の曲のほうがいい” と断った逸話がある。天才は天才を知る、ということだろう。
ここは坂道
誰かが登り坂といい
誰かが下り坂という
僕にはどちらかわからない
僕にはわからない
人生を坂道に例えた、実に小椋佳らしい逸品である。ただ、ちゃんと陽水テイストにもなっていて、曲としてキレイにまとまっている。
同盤で最も不可思議な曲が、B面4曲目の「I氏の結婚」である。I氏が誰を指しているのか不明で、知人がモデルかもしれないし、架空の人物かもしれない。仮に陽水自身だとしたら、同盤がリリースされるひと月前に前妻と離婚したばかりの身。何か逆説的な意味も考えてしまう―― たぶん、深読みするだけ無駄だろう(笑)。ただ、同曲はわずか2分49秒と短いが、曲がすこぶる良い。タイトルも含めて、歌詞の意図はわからないが―― 曲は素晴らしい。これもまた、陽水が信奉するポール・マッカートニーを彷彿とさせる(褒めてます)。
アルバムの最後を飾るのは、6分24秒もの大作「結詞」(むすびことば)である。A面3曲目の「枕詞」(まくらことば)のアンサーソングで、コンサートでも度々歌われる、紛うことなき陽水の代表曲の1つ。ゆったりとした旋律に、陽水には珍しい文学的な歌詞が並ぶ。かと思えば、中盤から転調して大村憲司サンの軽快なギターソロが駆け抜けるドラマティックな構成に驚かされる。
浅き夢 淡き恋
遠き道 青き空
今日をかけめぐるも
立ち止まるも
青き青き空の下の出来事
フォーライフの船出で歌った「青空、ひとりきり」
えっ、あの曲はどうしたのかって? まぁ、慌てない。美味しいものは最後に取っておくもの。アルバム『招待状のないショー』の中で1曲を挙げろと言われたら、多くの人はA面4曲目の「青空、ひとりきり」を挙げるのではないか。ご存知、フォーライフを立ち上げ、最初に陽水がリリースした先行シングル。イントロの高中正義サンのギターソロからもうカッコイイ。ドラムに林立夫サン、ベースに後藤次利サンと、レコーディングメンバーもレジェンドたちが揃う。曲調はやや重いロックテイストで、ホーンも効いている。
仲良しこよしは 何だかあやしい
夕焼け小焼けは それより淋しい
一人で見るのが はかない夢なら
二人で見るのは たいくつテレビ
星屑、夜空は星屑、ひとりきり
注目は上記の3番の歌詞で、先に紹介した楽曲たちと同様、当時の彼の心情が綴られている(と思われる)。この一連の歌詞は何を意味しているのか。「♪仲良しこよし」は、立ち上げたばかりのフォーライフの4人のことかもしれないし、「♪二人で見るのは たいくつテレビ」とは、当時の奥さんとの微妙な関係を指していたのかもしれない(1976年2月に離婚)。そして、最後は「♪ひとりきり」に落ち着く。全体を通して、同盤は孤独感がベースにある。
楽しいことなら 何でもやりたい
笑える場所なら 何処へでもゆく
悲しい人とは 会いたくもない
涙の言葉で 濡れたくはない
青空、あの日の青空、ひとりきり
同曲は3番の後、再び1番に戻る。興味深いのは、上記の冒頭2行の歌詞がフォーライフの設立当時の陽水の思いを連想させることだ。これに対し、つづく2行の歌詞が、いずれ訪れるであろう、創業メンバー4人の別れを予感させること。史実に基づけば、1977年にフォーライフの変節を察した泉谷しげるが最初に抜け、1999年には同社の発起人である吉田拓郎が契約を終了する。その頃になると、有力アーティストの多くは他社へ移り、事実上、フォーライフの経営を支えていたのは陽水だった。「♪青空、ひとりきり」―― もしかしたら陽水は、同社が船出した時点で、既にその行く末を傍観者的に眺めていたのかもしれない。
陽水ファンの間で、アルバム『招待状ないショー』は、ミリオンセラーの『氷の世界』にも劣らぬ名盤と位置付けられる。陽水史的には、初期のフォークの匂いを残した作風から、1980年代以降の鉄板の “陽水ワールド” に移行する過渡期の作品で、いわばミッシングリンクを埋める貴重な1枚とも。そう、人生もそうだけど、ミュージシャンも過渡期が一番面白い。そして何より驚くのは、半世紀前のアルバムなのに、全く古さを感じさせないこと。極端な話、昨日リリースされた新譜と言われても違和感はない。
時代からも距離を置く、傍観者・井上陽水たる所以である。
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2026.09.26