薬師丸ひろ子主演映画「紳士同盟」テーマは“信用詐欺”
近頃は紳士も化けることが普通になってきている。すこし前の時代までは、ファッションとメイクで別人になるのは女性の特権だった。
薬師丸ひろ子さん主演の映画『紳士同盟』は1986年12月に公開された。小林信彦さんの小説をモチーフにしているがストーリーは小説とは異なる。薬師丸ひろ子さんの10作目の映画で、彼女自身も当時22歳の女子大生だった。
原作と映画で共通するのは“CON-GAME”。信用詐欺。騙されていることに気づかせずに相手を騙す、だましだまされ二転三転する、というところ。
二転三転というと、この映画での薬師丸ひろ子さんのファッションの鮮やかな変化が目に楽しい。当時の女子大生のバイブルとも言われた雑誌『JJ』から抜け出したような女子大生ファッション、カフェバーでのアルバイトシーンで見せるギャルソン風、鮮やかなフューシャピンクのパーティドレス、シックな黒づくめスタイル、旅行のシーンで見せるカジュアルなファッション。極めつけが聖女風のウェディングドレスでの立ち回り。個人的にはシックな黒づくめスタイルでスポーツカーを運転するシーンのひろ子さんが非常にかっこいいと思っている。
この映画の撮影で初めてウェディングドレスを着た薬師丸ひろ子さんは、当時の「紳士同盟メイキング」で「ウェディングドレスには特に憧れもなく、これっきり着ないかもしれない」と語っていた。実際には映画公開から4年後にハワイで純白のウェディングドレスに身を包み、玉置浩二さんと式を挙げている。
難しい歌だった? 同名主題歌「紳士同盟」
鮮やかな変化というと、映画のテーマソング「紳士同盟」は、1つの曲の中でガラリと雰囲気を変えている。
作詞:阿木曜子さん、作曲:宇崎竜童さん、編曲:武部聡志さんというクレジット。この組み合わせで作られた楽曲は決して多くない。というよりも珍しい。ざっと調べた限り、「紳士同盟」以外では同じ角川春樹事務所に在籍していた後輩の渡辺典子さん「星座の旅」(1984年、シングル「晴れ、ときどき殺人」カップリング)が見受けられる程度だ。
テーマソングについては、「紳士同盟メイキング」で薬師丸ひろ子さんは以下のように語っている。
「はじめて歌ったとき、うわあ、難しい歌だなと思いました。映画の構成と同じような感じで曲も作られているように思うのですが、1曲の中に入っている言葉の数が、これまで歌ってきた映画主題歌の中で初めてなんじゃないかと思うほど多い。2回3回歌っているうちに舌が回らなくなってきて大変だと思いました。意表を突く感じで、楽しい感じの主題歌になっていると思います」
スタジオで歌うひろ子さんは表情豊かに演じるように歌っていて、難しいなんて素振りは微塵にも感じさせなかった。さすが女優というべきか、彼女の音楽的なカンの良さか。両方だろう。
映画とリンク?“なんてね”を境に変わるメロディとリズム
ひろ子さんがはじめて歌ったときに難しく感じたのも当然だろう。「なんてね」を境に前半と後半でメロディもリズムもガラッと変わるのだから。
前半は穏やかに進行する。リズムこそハバネラ風ではあるが、その上に乗るメロディはあくまでもゆったりとしている。途中で一度フィル的に後述する場面転換部分と同じコード進行が入るが、その後もゆったりと進む。場面転換前の歌詞は1番でいうとこのあたり。
どうにかなるわ
騙されてあげる
あなたなら相手に不足はないわ
どうにでもなれ
恋は永遠の暇つぶし
遊びましょうよ…… なんてね
この「なんてね」で場面転換が行われる。
「なんてね」以降、テンポこそ同じではあるが、穏やかに、表面上は淑やかに紡いできた世界観が180度転換する。一世一代の大見得を切るかのような勇ましい女性になるのが見える。その変わり身の鮮やかさは、ひろ子さんが「紳士同盟」で演じる”樹里野悦子”のスタイルの変化にもつながる。
上手く作っているなあ、と感心したものだ。
難しく感じたところはここ? 8小節に詰め込まれた歌詞
想像だが、ひろ子さんが「難しい」と感じたのはこの8分音符の三連が続くメロディではないか。動きのある勇壮なメロディに以下の歌詞が載る。
カッコつけてエラそうだわ
あなたの目が眩しくて照れくさいのよ
他の人に感じないと約束するわ
女だてら 紳士同盟
たった8小節にこれだけの文字が詰まっている。カウントすると64文字だった。
ゆったりとした前半最後で8小節につめられた文字数は28文字、「なんてね」まで入れても32文字。
1986年当時、8小節にぎゅっと言葉を詰め込んでいる歌は、桑田佳祐さんや佐野元春さんをはじめとして数多存在したが、主演女優が歌う映画の主題歌では普通ここまで詰め込まない。主演女優かつ主題歌ヴォーカリストの薬師丸ひろ子さんが、堂々と朗々とハッキリと歌っているのが非常に気持ちいい。
そして大見得を切った後は、再度穏やかな場面に戻る。
ヴォーカリストとしての薬師丸ひろ子さんについては、やわらかさと清らかさが同居した声が印象深い。高音の素晴らしさは言うまでもないが、高音の清らかな響きと同じくらい、中低音の暖かな響きを持っている。彼女の声だからこそ、一曲の中で多面性のある、ともすれば空中分解してしまいそうな突飛な場面展開がある曲であっても、統一感を失わない楽曲に仕上がっていると思うのだ。
もしも、もっと感情を込めたスタイルのヴォーカリストがこの歌を歌っていたとしたら、全く違った曲になっていたかもしれないと私は思っている。
それにしてもこの「なんてね」の、画面展開として秀逸なこと。
どのクリエイターさんが、この4文字とメロディと音をはめ込んだのだろうと考えると、気になって暫く眠れなかった。なんてね。
薬師丸ひろ子 歌手活動40周年記念
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2021.11.27