1986年、ぼくが音楽誌編集部で働いていた頃、今井美樹さんの取材の話をいただいた。 まだ歌手デビュー前だった彼女についての説明をレコード会社の方から受けたとき、「ハナマルキの CM に出てる」という言葉でピンと来て、ぼくは迷わず「いいですね!」とこたえたのだった。 当時、いわゆる芸能系の事務所に所属していて「きっとテレビタレント的な道を進んでいくんだろうな、音楽誌に掲載しても反応薄いかもしれないな」という思いも頭をよぎったが、そんなことより、微妙にぽっちゃりかわいくて、めちゃタイプだったハナマルキの女の子に会いたいという私欲のほうが優って即決したのだ。 正直、取材用に聴いた「黄昏のモノローグ」というデビュー曲にはそれほど惹かれなかったが、ボーカリストとしての彼女の才能は際立っていた。 なめらかに伸びていく艶っとした華のある高音がちょうど男の(ぼくの、かな?)ストライクゾーンにシュッと届いてくる。いや、男のとかぼくのとかじゃなくて、多くの人の、ってことなんでしょうね。その後の彼女の大躍進はまさにそういうことだもの。 80年代の象徴(?)だったデビュー時の太眉メイクはともかく、資生堂の CM でビビッドな赤の口紅ブームを作ったり、ロングからショートまで髪型も折々に変えながら、80年代後半から90年代にかけてファッションリーダーとしての役割を担っていったのも、彼女のシンガーとしての魅力がどんどん拡散していったからに他ならない。 ところで、ぼくがはじめて今井美樹の楽曲で「いいなあ!」と思ったのは、デビュー年の暮れにリリースされたファーストアルバム『femme』収録の「オレンジの河」。 さようなら ともだちでは 苦しいの 本気だったの ややアップテンポな歌謡曲テイストの楽曲だったが、このフレーズを歌う彼女のボーカルの艶と潤みにズキュンと撃たれた。もちろん、以降、彼女の名曲はもっとどんどん生まれていくのだけど。 しかし、デビュー当時は「ハナマルキの…」という説明がなければ今井美樹を思い浮かべられなかったのに、今はもう「ハナマルキ」で今井美樹を連想できる人もいないことだろう。「微妙にぽっちゃり」なんてのも、わかる人いないんだろうなあ。※2016年6月7日に掲載された記事をアップデート
2018.12.05
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