リリースから45年経った「万里の河」 チャゲ&飛鳥(現:CHAGE and ASKA)の「万里の河」が発表されたのは1980年9月25日だから、今年(2025年)でちょうど45年が経ったことになる。彼らが「ひとり咲き」でデビューしたのは1979年8月のことで、「万里の河」は彼らにとって3枚目のシングル。つまり、デビューからほぼ1年にして生まれた最初のビッグヒットである。
チャゲ(現:CHAGE)と飛鳥(現:ASKA)はもともと福岡の高校の同級生で、当時は別々の音楽活動を行っていた。1978年春に開催された第15回『ヤマハポピュラーソングコンテスト』(ポプコン)の福岡大会では、それぞれ別に出場した彼らだったが、ヤマハのスタッフのアドバイスによって一緒にバンドを結成、チャゲ&飛鳥として活動していくことになる。
同年秋に行われた第16回『ヤマハポピュラーソングコンテスト』にチャレンジし、「流恋情歌」でつま恋の本選会に九州代表として出場し入賞。翌1979年春の第17回同大会でも「ひとり咲き」でつま恋本選会入賞。これがきっかけとなり、ワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン)から「ひとり咲き」でデビューする。1980年2月にはセカンドシングル「流恋情歌」を発表するが、この2曲はアマチュア時代に作られた曲で、ある程度の反響はあったものの周囲が期待したほどのヒット曲にはならなかった。そんな中、本格的なヒット曲を狙って制作されたのがこの「万里の河」だ。
編曲の瀬尾一三はドラマティックなサウンド作りを意識 「万里の河」は「ひとり咲き」「流恋情歌」と同様に飛鳥の作詞作曲である。歌詞を見ると、「流恋情歌」は男の立場で書かれているが、「ひとり咲き」と「万里の河」は女性が主人公になっている。ただ「ひとり咲き」がわりとストレートに失恋を歌っているのに対し、「万里の河」は遥かな空間を感じさせる広大なイメージの中に、遠く引き離されている大切な人への慕情を描いたスケールの大きいラブソングとなっている。
VIDEO 「万里の河」はサウンド面でも非常に印象的な曲だった。編曲を担当しているのはデビュー曲の「ひとり咲き」からアレンジを手掛けている瀬尾一三だ。瀬尾はこの時期、フォーク系アーティストをはじめとして幅広い作品を手掛けるトップアレンジャーとして活躍していたが、自分のサウンドのスタイルを主張するのではなく、アーティストの個性を生かすアレンジスタイルを採っていた。瀬尾一三はチャゲの透明感のある声と、飛鳥のどこかしっとりとした声の違いを作品に生かすことを狙って、デビュー曲の「ひとり咲き」から、いわゆる “フォークはアコースティックサウンド” というイメージにとらわれない、ドラマティックなサウンド作りを意識していたという。
確かに「ひとり咲き」でも、少し派手めなイントロから一転して控えめなサウンドで歌をじっくりと聴かせるパートが続き、サビの「♪燃えて散るのが花」のフレーズからはグッと盛り上がりを見せていき、さらに間奏でもたっぷりと泣きのあるギターサウンドが曲の情感を盛り上げていくというメリハリの効いた音作りになっている。こうしたドラマティックなサウンドが、どこか濡れた感触のある飛鳥のヴォーカルを引き立て、そしてややクールなチャゲと生み出すハーモニーにフィットして彼らならではの個性を引き出している。
初期のチャゲ&飛鳥のイメージを決定づけた「万里の河」 そう、「万里の河」は、遠大なスケール感を持った飛鳥の楽曲に呼応するかのように、ファンタジックな印象を感じさせる編曲が施されている。なにより印象的なのが、ポップなリズムに乗せて流れるオリエンタルなイントロだろう。そこに、飛鳥の伸びやかなボーカルが絡んでいく。そして、ゆったりとした大河の流れにのって、遥かな距離、さらには時空さえも超えていくような気分を味わっているうちに、自然と感情が高まっていく。そんな不思議な感覚は、それまでのフォークとも歌謡曲とも違う新鮮な魅力だった。
飛鳥の声に日本的な情感が色濃く感じられることも手伝ってか、「万里の河」は “大陸演歌” と呼ばれることもあった。けれど、この曲は決していわゆる演歌的でもなければ、いわゆる “叙情派フォーク” とも違っていた。ちょうどこの頃、久保田早紀の「異邦人 -シルクロードのテーマ-」がヒットするなど、オリエンタルな異国情緒がブームになっていたこともあって、黄河や長江への旅をイメージできそうな「万里の河」も時代の空気感にフィットした。とにかく1回聴いたら頭に残ってしまうこの曲のインパクトは、チャゲ&飛鳥を人気アーティストとして認知させるに十分なものだった。
しかし、だからこそ「万里の河」は初期のチャゲ&飛鳥のイメージを決定づける曲になってしまった。チャゲ&飛鳥のオリジナルな心情から生まれた曲の中から、その個性を瀬尾一三がよりダイナミックに彩ることで生まれた「万里の河」によって、多くの人々がチャゲ&飛鳥の魅力に気づいたことは間違いない。けれど、その魅力があまりにも強烈だったからこそ、人々はその後もチャゲ&飛鳥に「万里の河」に続く世界を求めていった。
ーー チャゲ&飛鳥は、自分たちがこれから先に表現していきたいものと、自分たちに期待されているものとのギャップに悩まされ、熾烈な試行錯誤を続けていくことになる。そして、その試みは1990年代になってようやく花開き、数々の大ヒットが生まれていったことは周知の通りだ。
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2025.09.25