9月25日

万里の河でタイムスリップ、80年代前半のフォーク&ロック事情

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今回のコラムは、80年代前半の学校内におけるフォーク、ロック事情がどんなだったかについて語ってみたいと思う。ぜひとも中学生、高校生だった青春時代を思い出しながら読んでみて欲しい…

―― 1982年4月。高校に入学した3日目の放課後、軽音楽部に興味津々だった僕らは「ちょっくら冷やかしに行ってみようぜ」と、部活紹介を兼ねた新入生歓迎コンサート会場へ颯爽と走り出していた。

すでにコンサートは始まっているようで、廊下のかなり遠くまで歌声が響いている。教室は解放されていて、すでに生徒がパラパラと集まっていた。到着した僕らは先輩に誘導されるまま並べられた椅子に案内され、おずおずと腰掛けた。

そこに現れたのは二人組のフォークデュオ。ひとりはストローク、ひとりはアルペジオで変化をつけた伴奏に美しいハモリが印象的。ただ、なによりも僕らの興味を引いたのは、その歌っている二年生の先輩がとにかく神懸かり的な美少女という事実――

そもそも僕らは入部する気満々だったのだけれど、これが入部の意思をガッチリ固める決定打だったことに間違いはない。

ステージの周りからは「スケさーん! カクさーん!」と声援が飛んでいる。メインボーカルの美少女は「助川(すけがわ)です… ちょっと水戸黄門っぽいの、嫌だよねえ」と笑いながら長いまつ毛を揺らし、黒目がちの大きな瞳を細めた。はにかんだ笑顔は今の人気アイドルグループでセンターを張れるほどの可愛さで、ちょっとお姉さんぽい雰囲気に僕は完全に心を奪われてしまった。

さて、入部を決めた僕と友人は先輩から活動内容の説明を受けがっかりした。にわかなバンドブームに影響されていた僕らふたり。ロック的な活動を夢みていたけれど、部の決まりによると『エレキギターは文化祭のみ使用可能で、その練習は夏休みから文化祭当日まで』と、厳しく制限されていたのである。そう、当時エレキと言えばまだまだ “不良を生み出す諸悪の根源” と思われていた時代だったのだ。

1982年と言えば松田聖子、中森明菜などのアイドルを除くと、オフコース、サザンオールスターズなどバンド形態のグループと、さだまさし、松山千春、中島みゆき、イルカ、などフォーク色を前面に出したミュージシャンが混在した時代。そんな中、70年代の矢沢永吉率いるキャロルや、その流れを汲む世良公則&ツイスト、大友康平のハウンドドッグなど “不良のイメージ” を前面に出すバンドの系譜もあった。

「黒の皮ジャン=ロック(反体制・反社会)」それは観る者に、まるで暴走族の取り巻きのように思わせる一辺倒な図式があった。当時僕らの学校も含め、どの学校、どの教師たちも、その悪いイメージを払拭できずにいたはずだ。

元々フォークソング同好会としてスタートしたこの軽音楽部も、代々続く活動の中で先輩たちが問題を起こさず真面目な学校生活を送ってきた結果、ようやく部に昇格したという経緯があった。80年代前半は校内暴力全盛期でもあり、「エレキは駄目!」などという先生方の意味不明な判断も致し方なかったのだろう。

それでは軽音楽部として、普段いったいどんな活動をしていたかというと、アコースティックギターでフォークソングを歌い演奏する毎日に他ならない。なんと、先生方が考えた狭義の軽音楽、フォーク限定で活動しなければならなかったのだ。新入部員は十数人… その誰もがバンド演奏を目指していたと思うけれど、4月から夏休みまで僕らは渋々フォークソングを練習し続けた。

アコースティックギターの奏法であるアルペジオ、そしてスリーフィンガー(※注1)は2年生の鈴木先輩(男)に特訓させられた。ギター初心者である僕と友人は、彼のことをこっそり “鬼” と呼んでいた。

そして、“鬼” はFのバレーコード(ギター初心者が一番苦手とする弦の押さえ方)で、スリーフィンガーを10分間連続で弾き続ける訓練を僕らに課した。今でいうパワハラである。

ちなみに新入部員の中には抜群にギターが上手いやつもいて、信じられないくらいのテクニックを披露していた。当時はヘヴィメタル全盛期でもあり、マイケル・シェンカーが弾く「アームド・アンド・レディ」をエレキギターで弾ける奴は英雄視されたものだった。なんと、その同級生は、マイケルの超速弾きのソロをアコースティックギターで弾き倒していた。たまげるにも程がある! 今では “ユウサミイ”(※注2)としてプロの弾き語り職人を名乗り、多方面で活躍している。

さて、そんな日々の特訓の成果もあり、初心者だった僕らは一通りコードを追ってギターが弾けるようになった。次に課せられたのは「梅雨入りコンサート」という新人の登竜門に位置づけられたライヴである。僕は一緒に入部した友人と、アリスの「冬の稲妻」を披露し抜群のハモリでその場を何とか切り抜けた。評価は上々! でも「冬の稲妻」って演奏に必要なコードが3つしかない簡単な曲だったんだよね。

順繰りに1年生の演奏が終わり、2年生が披露する番になった。すると件の可愛い先輩デュオが抜群のハモリを聴かせてくれた…「万里の河」だ。

新歓コンサートの時の「ひとり咲き」もよかったけれど、「万里の河」もまた良いのである。チャゲアスのことは、この憧れの助川先輩から教えてもらうまで全然知らなくて、「聴いてみなよ」と、実際に借りたアルバムを聴くと、先輩の歌い方とは似ても似つかぬ粘っこい歌声が強烈だった。僕は何とか先輩に気に入られようと、必死でチャゲアスを聴いたんだよなぁ。

チャゲ&飛鳥(現 CHAGE and ASKA)はフォークソングの聖地でもある福岡出身のミュージシャンだ。1979年8月25日「ひとり咲き」でデビュー。この頃はまだ “演歌フォーク” などと揶揄されていたが、その翌年リリースされた「万里の河」はチャート上位に食い込むヒットとなった。当時はふたりともアコースティックギターを持つスタイルだったけれど、「モーニングムーン」(1986年)の頃になるとロック色が強くなり、飛鳥は歌に専念するようになる――

今でもラジオから不意に流れる「万里の河」を聴くと、高校生だったあの頃を思い出してしまう。先輩の助川さんは本当にかわいくて、僕は何度もアプローチして、当時の友だちには内緒だったけれど、ふたりで一緒に帰ったこともある。16歳からみた17歳の女性はなんだか大人で、僕は、その… 大好きでした。

思い出の名曲たちはその時々の色を帯びた付箋として、生きてきたページのそこかしこに貼られている。それはもう… あの時代へ一瞬でタイムスリップできるタイムマシンなんじゃないかな? なんて思えるほど。僕は今、柄にもなく感傷に浸っている。


注1:スリーフィンガー
親指、人差し指、中指を組み合わせてギターの弦をつま弾くアコースティックギターの基本的奏法。アルペジオの8ビートよりも音数が細分化されるため、少しアップテンポの曲に合う。「タンタカタカタカ タンタカタカタカ」で4拍1小節。

注2:ユウサミイ
カタリベの同級生であり、シンガーソングライター。舞台『鏡の法則』(2013年)、『音楽劇 君よ生きて』(2014年)の音楽監督、及び演奏出演。再演される『音楽劇 君よ生きて2018』の公演に出演するかたわら、自らの音楽活動を精力的に行う。


2018.09.25
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カタリベ
1967年生まれ
ミチュルル©︎
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