12月5日

ピンク・レディー伝説「カメレオン・アーミー」変幻自在の大ヒット!そしていよいよ全米進出

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ピンク・レディー伝説
Legend 10「カメレオン・アーミー」

作詞:阿久悠
作曲:都倉俊一
編曲:都倉俊一
発売:1978年12月5日

初主演映画「ピンク・レディーの活動大写真」の主題歌に起用


日本中を席巻したピンク・レディーの人気が最高潮に達したのは、1977年末に発売されて1978年度の年間セールス1位に輝いた「UFO」、続いてのシングル「サウスポー」辺りであっただろう。その次の「モンスター」も含めて1978年の年間ベスト3を占めるという脅威の記録。さらには次作「透明人間」もチャート1位とミリオンセラーを記録し、続くこの年4枚目、通算10枚目のシングルとして1978年12月5日にリリースされたのが、この「カメレオン・アーミー」であった。

このレコードが発売されて間もなくの12月16日に東宝系で封切られた初主演映画『ピンク・レディーの活動大写真』の主題歌にも起用されている。前作の「透明人間」が『ザ・ベストテン』(TBS系)にランクインしていた際、撮影所からの中継の回があったが、それがこの映画の撮影中のことだった。

劇中ではデビュー曲「ペッパー警部」をはじめ、それまでの全シングル曲が披露され、最新曲「カメレオン・アーミー」も映画用の独自の振り付けで歌われるシーンがあるほか、劇中のBGMにも使用されている。そう、ミイとケイが様々な衣装で変幻自在な活躍を見せる映画の内容に即した主題歌となっていた。

「ザ・ベストテン」ではカメレオン人形が一緒に踊る演出


各局の歌番組に出演して歌われた中でもとりわけ印象深いのはやはり『ザ・ベストテン』である。発売から約2週間後、12月21日の放送に9位で初登場し、翌週には6位にランクアップ。着ぐるみの愛嬌たっぷりのカメレオン人形が一緒に踊る演出だった。

年が変わり、1979年2月の放送回では、曲の後半から2人のスパンコールの衣装がカメレオンの如く変色してゆくという演出が施された。「透明人間」では2人の姿が一瞬にして消えてしまう映像の特殊効果が話題となったが、それをさらに上回る秀逸なアイデアだったといえる。登場9週目、最後のランクイン週となった2月22日放送回では、ミーとケイの服の色が別々に変化したり、カメレオン人形と一緒に「モンスター」の時に作られた人形も出てきて振やかなラストを飾ってくれた。



ビルボード誌「HOT 100」37位にランクイン「Kiss In The Dark」


11枚目のシングルとなった「ジバング」で、「S・O・S」以来続いてきたチャート1位、そして「渚のシンドバッド」からのミリオンセラーの記録も遂に途切れてしまう。結果的にこの「カメレオン・アーミー」が最後の1位&ミリオンセールスのシングルとなるわけだが、ピンク・レディーの人気はまだまだ持続していた。

その後の「ピンク・タイフーン」「波乗りパイレーツ」まではチャートのトップ10内を維持していたし、なにより以前から計画されていたアメリカでの活動が実行に移され、全米デビューシングルとなった「Kiss In The Dark」がビルボード誌『HOT 100』で37位にランクインし、総合チャートにおいては坂本九「スキヤキ(上を向いて歩こう)」に次ぐ記録となる。全米3大ネットワークのひとつ、NBCのゴールデンタイムでは冠番組を持つなど日本人歌手では異例の活躍を見せたのだった。

国内では15枚目のシングル「マンデー・モナリザ・クラブ」で阿久悠 × 都倉俊一コンビがそれまでの大衆向けでない、2人のための楽曲を提供してディスコ路線にシフトしたことや、年末の『第29回NHK紅白歌合戦』の出場辞退などで少しずつ人気が失速していったことは否めないが、その間にアメリカ進出を成功させていたことは改めて評価されるべきではないだろうか。後になって、プロ野球の日本人選手がメジャーリーグで活躍する姿などを見るにつけ、ピンク・レディーは極めて早い海外での成功例であり、スタッフと本人たちによる前向きな挑戦を称賛せずにはいられない。

「カメレオン・アーミー」はピンク・レディーの歴史の中で大きな分岐点となる節目の作品であることは間違いないだろう。アフリカに伝わる神話では、カメレオンは神の使いであり、人間に不死をもたらす存在であったらしい。歌謡史に燦然と輝く2人組アイドル永遠のナンバーワン、ピンク・レディーの普遍性を象徴しているかのようだ。


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2026.09.02
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カタリベ
1965年生まれ
鈴木啓之
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