岡田有希子デビュー40周年!7インチシングル・コンプリートBOX 発売記念コラム vol.8
A面:くちびるNetwork 作詞:Seiko
作曲:坂本龍一
編曲:かしぶち哲郎
B面:恋のエチュード 作詞:かしぶち哲郎
作曲:飛澤宏元
編曲:かしぶち哲郎
オリコン初登場1位に輝いた「くちびるNetwork」 1986年春、私は名古屋から上京。都内の大学に進学し、念願の東京生活を始めた。ちょうどその頃にヒットしていたのが「くちびるNetwork」だ。岡田有希子の通算8枚目のシングルで、カネボウ春のキャンペーンソングとなり、オリコンでは初登場1位に輝いた。
ユッコは愛知県一宮市の生まれだが、育ったのは名古屋で私と同郷。生まれた年も同じ1967年だ。私は早生まれなので学年が1つ上になるが、ほぼ同世代。ファンというよりも “同級生の女の子が、自分よりひと足早く東京へ行ってスターになった” という身内感覚で見ていた(知り合いでもなんでもないが)。なので、1位獲得は自分のことのように嬉しかったし、これで “ポスト聖子" の一番手としてさらに飛躍していくんだろうな、とも。
令和の現役アイドルもトリコにした岡田有希子 昨年(2023年)、『Re:minder』『昭和40年男』『DJ BLUE』の主催で、一般投票によって行われた
『80年代アイドル総選挙☆ザ・ベスト100』 に私もアンバサダーとして参加。集計結果をを知ったとき、ユッコが10位にランクインした事実にまず私は驚いた。彼女は40年近く、まったく活動をしていないにもかかわらずだ。投票には80年代をリアルタイムで知らない平成生まれの方々も多く参加していたから、なおのこと。聞けば、後追いでユッコの動画を観て好きになった若い女性ファンがけっこういるそうだ。
このことを実感したのが、私がレギュラー出演するFM番組『Flip The Records〜B面でも恋をして』(JFN系)の収録のときである。私と、ハロー!プロジェクト所属のアイドルグループ・BEYOOOOONDSの島倉りかさん(2000年生まれ)が毎回、昭和の歌謡曲を取り上げ、私の所有するアナログ盤でA面とB面を聴いてあれこれ語り合う番組で、選曲は2人で交互に担当している。
あるとき、島倉さんがユッコのデビュー曲「ファースト・デイト」を選んでくれたことがあって、とても驚いた。ちょうどその前の収録のとき、私が岡田有希子の魅力について熱く語ったこともあるが、それ以前に島倉さん自身、ユッコが音楽番組で歌う映像をYouTubeで観たり、サブスクで曲を聴いたりして大好きになったそうだ。いいですか? ユッコは令和の現役アイドルもトリコにしたんですよ。
ユッコはデビュー時から、歌詞の世界観をしっかりと把握し、表現できる力を持っていた。だから竹内まりやの “デビュー3部作” を自分なりの解釈で、情感を込めて歌えたのだ。恋に揺れ動く女の子の心理は、いつの世でも変わらない。ユッコが平成世代の票も集めて10位にランクインしたのは、時代を越えて心に刺さる “歌唱力” の成せる業だと、私は強く言いたい。
当時 “最先端” のワードだった “Network” さて、本題に入ろう。「くちびるNetwork」の作詞家 “Seiko” とはもちろん、事務所(サンミュージック)の先輩でもあった松田聖子である。1986年、聖子は出産準備のため活動休止中だったが、可愛い後輩のためにひと肌脱いだわけだ。作曲はなんと、坂本龍一。多忙な教授がアイドルに曲を書き下ろしたのは、ユッコの実力を買ってのことでもある。
聖子の歌詞は、「♪ねぇ…誘ってあげる」「♪Kissが欲しいの?」「♪私を抱きたい?」など、けっこう艶めかしいフレーズが並んでいる。「♪ほら…くちびるに Network」も、まあそういう意味だろう。Networkという言葉は、ちょうどTM NETWORKが注目され始めた頃で(ブレイク曲「GET WILD」のリリースは翌1987年)当時最先端のワードだった。もっとも、インターネットも携帯もまだまったく普及していなかったけれど。
この聖子が書いた歌詞について “表現が直接的すぎる” とか “ユッコには合わない” という声も耳にするけれど、私は “そろそろこういう曲も歌っておいたほうがいいよ。ユッコちゃんなら楽勝だろうけど” という聖子の後輩に対する気遣いを感じずにはいられない。これは山口百恵の時代から “清純派” と呼ばれるアイドルが大人への階段を昇っていく過程で、必ず通る道でもあった。
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ユッコちゃんが歌えば、程よく可愛くなるでしょ とはいえ聖子自身も “ちょっと色っぽすぎるかな” と思っていたようだが、おそらく “ユッコちゃんが歌えば、程よく可愛くなるでしょ" という読みがあったのだろう。事実、そうなった。艶めかしい表現のわりにいやらしく聴こえないのは、ユッコのもともとの声質によるところもあるだろう。が、それだけではない。ちょっと小悪魔的な表情も込めつつも、真面目に相手の男性を思う気持ち(実にユッコらしい!)も同時に伝わって来るからだ。
聖子の歌詞はたしかに、職業作詞家のそれとは違ってストレートである。ユッコのすごいところは、声の表情で行間の部分に含みを持たせ “この女の子って、大胆に見えるけど、実はとっても女の子っぽい性格の子なんですよね、聖子センパイ!” と自分の解釈を加えて、曲のグレードを上げたことだ。結果的に可憐さと小悪魔チックなところが同居した、新しい女性像ができあがったのである。
教授のメロディメーカーぶりが存分に発揮 一方、教授が書いた曲は軽快なメロディで、ミドル部分の「♪あなた いつも自分から 何もいえない…じれったい…」は本曲の聴かせどころ。主人公の本心はここに集約されている。この部分、教授のメロディメーカーぶりが存分に発揮されていて、そこにユッコの豊かな表現力が乗っかると、鬼に金棒、虎に翼だ。
そして、アレンジャーには、ムーンライダーズのドラマー・かしぶち哲郎が起用された。ここでかしぶちが加わったことが、“次作” になるはずだった幻のシングル「花のイマージュ」につながっていく。当時のアイドルソングにしては斬新なクラシック風の構成と、「♪ねぇ…誘ってあげる」の直後の “♪プルルッ プルルッ” の音が大好きで、あの音も、ユッコ独特の可愛らしさを増幅させているように思う。
かしぶちは本曲のアレンジ以前にも、ユッコに意欲的な作品をいくつか提供しているのだが、それは岡田有希子の歌に “新時代のポップスの萌芽” を感じたからだろう。これは決して大げさでなく、そうでなければ、かしぶちほどの才人がここまで力を注いだ仕事をするわけがない。その話の続きは「花のイマージュ」のコラムにて。
あらためて「くちびるNetwork」を聴いてみて思う。聖子と教授とかしぶちという、個性的な作家に相対して、“ユッコワールド” を醸し出すだけの実力が、当時18歳にして、岡田有希子にはすでに備わっていたのだ。昭和末期に、歌に真摯に向き合い、類い稀な表現力を持った岡田有希子というアイドル歌手が存在したこと、そして優秀な作家陣が彼女を支えていたこと、そのことを今回のリイシュー盤で知っていただければ幸いだ。
幻のラストシングル「花のイマージュ」の初アナログリリース含む、全7インチシングル9枚を収録したコンプリートBOXセット。各ディスクに、別カラーを使用したカラーヴァイナル仕様でリリース!
詳細はこちらから。 2024年8月22日発売
品番:PCKA-18
価格:¥19,800(税込)
限定生産商品
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2024.08.17