「情熱」のイントロで表情が一変
1985年にリリースされた斉藤由貴の「情熱」。当時、斉藤由貴は19歳。女優ということもあるのだろうが、当時の歌番組の映像を改めて見返すと、イントロが流れた瞬間にパッと曲の世界にスイッチが入り表情が変わる表現力のすごさに驚く。
1984年にデビューを果たし、1985年にドラマ『スケバン刑事』で話題をさらった斉藤由貴。制服にポニーテール、こぼれ落ちそうな大きな瞳がとにかく可愛くて大人気だった。
そしてこの年、満を持して初の主演映画『雪の断章 -情熱-』が公開に。「情熱」は、この作品の主題歌だった。また、同時に富士フイルム「AXIAテープ」CM曲としてもお茶の間で流れ、印象的なフレーズと汽車に乗った斉藤のせつなすぎるほどせつない表情が多くの人の心を掴んだ。
斉藤由貴の瞳に宿る「鋭さ」と「芯の強さ」
デビュー曲「卒業」、3枚目のシングル「初戀」、そしてこの「情熱」は、作詞を松本隆、作曲を筒美京平が担当した斉藤由貴の三部作と呼ばれる。アンニュイな斉藤由貴の魅力を最大限に引き出し、彼女の独特な世界観を表す代表曲となった。
以前、私のコラム
『唯一無二な歌声の魅力、斉藤由貴はまるでシャーマン』にも書いたが、斉藤由貴の歌う姿は、どこか神聖で気品に溢れ、侵しがたい純粋さのようなものがある。中でも「情熱」を歌う斉藤からは、それらに加えて、鋭さと強い意志を強く感じさせられる。彼女の持つ独特な “憂い” と、あの大きくて潤んだ瞳が訴えてくる “揺るがない強い意志” が相俟って、聴き手を曲の世界へと引き込んでいく。
普段のほんわかした雰囲気とは違って、まばたきもせず一点を見つめて歌う姿からは、 “鋭さ”のようなものを感じる。斉藤由貴の瞳の奥に眠る “鋭さ”…。これは一体どこからくるのだろうか。何度も「情熱」を歌う映像を見ながらそう思った。
表現力が必要とされる曲。十代で歌い上げた見事さ
「情熱」は、ドラマチックな歌詞も魅力の一つだ。好きになってはいけない人に惹かれてしまった女性が、最後は自分から別れを口にして幕を引こうとするせつない恋心。情熱を傾け、ひとりの人を心から愛した女性が「好き」の想いを抱えたまま口にする――
さよならねって言い出したのは
私の方が先だったのに
―― そう呟く中、
動き出す汽車 最後の握手
まだほどけない 離せない
―― “女性の心の揺れ” と、“動き出す汽車” が交差する素晴らしいフレーズだ。
「さすが松本隆!」としか言いようがない。一体どうしたらこんな素晴らしい歌詞が書けるのだろうか。そして、この複雑な心の機微、揺れる気持ちを、十代で歌い上げた斉藤由貴も、やっぱりすごい。
この曲はピッチのアップダウンが激しく、曲の出鼻の一音目が斉藤の声域の中でもかなりの低音。そのため、ピッチが外れることもしばしば見受けられた。しかし、この曲はピッチの安定さだとか、上手く歌おうとすることよりも、どれだけこの物語を表現できるか… が一番の大きなテーマだと思う。それに斉藤由貴は見事に応えてみせた。彼女の才能はもちろん、その感性を見いだした松本隆と筒美京平のすごさに改めて感動してしまう。
リリースから37年。斉藤由貴の感性の鋭さ、その正体とは?
今、大人になって改めて「情熱」を聴いて感じた斉藤由貴の “鋭さ” の正体とは、彼女が持って生まれた “本能的に物事の本質を読み取る力” にあるような気がする。
斉藤由貴は感性の人だ。研ぎ澄まされた感性で、本能で、物事や人の核心を読み取っていく。そうした感性こそが彼女の秘めた “鋭さ” に繋がり、斉藤由貴という歌手の大きな要となっているのではないだろうか。
人を好きになる “情熱” とは、心の炎を燃やすこと。もしかするとその炎で相手を焼き尽くしてしまうかもしれない。そんな強い炎の揺らめきを、大きな瞳の奥の奥に眠る斉藤由貴の “鋭さ” が、彼女の “強さ” が、この曲に重みと深さを与えている。
リリースから37年の月日が流れ、今聴く「情熱」はまたあの頃とは違った味わいがある。当時、この曲を聴いていた人たちも今では歳を重ね、いくつかの恋も経験し、きっと身も心も焦がすほどの情熱で人を好きになったこともあったはずだ。そして現在、そんな苦しい恋をしている人もいるかもしれない。
過去を振り返るもよし、現在進行形の恋に思いを馳せて曲をしみじみ聴くもよし。ぜひ、「情熱」を聴いてほしい。できれば動画で斉藤由貴が歌う姿を観ながら耳を傾ければ、きっと何倍にもなって心に響いてくるはずだ。
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2022.11.15