実に35年ぶりとなる和田加奈子のライブ
2024年11月15日、シンガー和田加奈子のライブが六本木のCLAPSにて開催された。
“和田加奈子 Acoustic Live『特別シート』” といったタイトル通り、アコースティック編成によるステージは、ポップ感覚とジャジーなムードが融合した洗練された内容であった。実に35年ぶりとなるそのライブの模様をお届けする。
和田加奈子は1985年11月21日、「パッシング・スルー」でデビュー。以降、1991年までにシングル11枚、オリジナルアルバム7作を残している。近年、日本テレビ系アニメ『きまぐれオレンジ☆ロード』のエンディングテーマ「夏のミラージュ」が注目され、80年代に彼女が残した幾多の楽曲が、シティポップの名曲として再評価を集めている。
2019年には過去のアルバムがデジタルリマスターにて再発売され、2021年には1987年のアルバム『KANA』がアナログリイシュー。翌年にもユニバーサルミュージックの名盤復刻シリーズ “CITY POP Selections” の一環として、東芝EMI/イーストワールド時代のベストアルバム『esquisse』が再リリースされるなど、にわかに盛り上がりを見せているのだ。
だが、1991年に歌手活動から退いて以降、夫であるマイク真木のステージに時々ゲストで出演することはあったものの、ステージでその歌声を聴く機会は限られていた。昨年8月に、新宿歌舞伎町のカブキラウンジにてミニライブを開催。35年ぶりとのことである。
ボサノバスタイルの「砂に書かれたドキュメント」
ピアノとアコースティックギターの厳かなインストに乗り、ステージ下手から和田加奈子が、ラメのドレスに身を包み、ゆっくりと歌いながら登場する。1曲目は加藤和彦プロデュースによるセカンドアルバム『quiet storm』(1987年)の冒頭を飾る「砂に書かれたドキュメント」。打ち込み感の強い原曲のサウンドに比して、元のメロディーを活かしたボサノバスタイルの演奏。今回のアコースティック編成は、しっとりと艶のある彼女のボーカルとの相性がいい。
「35年待っていただき、ありがとうございました。嬉しい!」
という挨拶に続き、
「この日は選りすぐりで、大切にしてきた曲をお聴かせしたいです。忘れ物を取りに行くように、日記をめくるように」
と語り、パーカッシヴな演奏の「Honey Moon」、マイナー調のしっとりとした「Crescent Moon」が歌われる。前半のハイライトは、アニメ『きまぐれオレンジ☆ロード』関連の楽曲。テレビ版アニメの挿入歌「ジェニーナ」と、劇場版アニメ『きまぐれオレンジ☆ロード あの日にかえりたい』挿入歌の「不確かな I LOVE YOU」を続けて歌う。同アニメから和田加奈子を知ったファンには、待望の生歌である。
Photo:Kayoko Yamamoto
第1部の最後は最大のヒット作、「悲しいハートは燃えている」
バッキングを務めるのは、ピアノとギターのユニット、The Notes of Museumの外川智子(ピアノ)と小林圭吾(ギター)。フレンチジャズやタンゴなどヨーロピアンミュージックをベースにしている。これにパーカッションの山岸篤司が加わり、コーラスは濱田 "Peco" 美和子という布陣。
さらにスープスパゲッティのCMソングだった「Dreaming Lady」を挟んで、第1部の最後は「悲しいハートは燃えている」。この曲も『きまぐれオレンジ☆ロード』のエンディング・テーマで、チャート30位まで上昇した、彼女最大のヒット作。
ここでコーラスの濱田 “Peco" 美和子がステージ中央に呼ばれる。濱田は78年にシンガーソングライターとしてデビューした後、松任谷由実、浜崎あゆみ、大江千里ら多くのアーティストのバックコーラスを務めている。同時に振付師としても活躍しており、「崖の上のポニョ」や「マル・マル・モリ・モリ」などは彼女の代表的な振り付けである。
その濱田が「悲しいハートは燃えている」の振り付けを新たに考案し、和田とふたりで観客に指導。井上大輔作曲、新川博編曲による、明快なメロディーラインを持ったラテン調のナンバーに相応しい、陽気で楽しい振り付けに会場も大盛り上がりで前半の幕を閉じた。
Photo:Kayoko Yamamoto
和田加奈子の少しハスキーなボーカルは魅力的な「オリビアを聴きながら」
休憩を挟んでの第2部は、女性シンガーのカバー曲からスタートした。スパニッシュなギターソロで始まり、ブルーの衣装に着替えた和田が、ギター1本をバックに歌う「オリビアを聴きながら」。歌唱者の杏里とも、作者の尾崎亜美のバージョンとも異なる和田加奈子の少しハスキーなボーカルは魅力的で、大人の苦い恋の結末といった解釈で歌われた。
これに続いては、自身が大きく影響を受けたアーティストである松任谷由実について語り始める。和田のデビュー曲「パッシング・スルー」は、三菱ミニカのマスコットソング募集で採用された楽曲だが、当時のユーミンのレギュラーラジオ番組『ユーミンのおしゃまします』(同番組は三菱自動車がスポンサー)で募集され、コンテストではユーミンが審査委員を務めていたため、デビュー当初から関係が深かったのだ。
和田は当時、ユーミンの家に招待され、そこで告げられた言葉が今も忘れられない、とその際のエピソードを披露。
「私は全ての女性シンガーをライバルだと思っている。だからデビューしたあなたも私のライバル」
「あなたはずっと歌い続けなさい」
と励まされたそうだ。
Photo:Kayoko Yamamoto
セクシーなボーカルの魅力が極まった上質のカバー「海を見ていた午後」
そしてピアノ1本をバックにした「海を見ていた午後」をしっとりと。この曲も、作者のユーミンとも、カバーが名高いハイ・ファイ・セットの山本潤子のバージョンとも異なる、和田加奈子ならではの、セクシーなボーカルの魅力が極まった上質のカバーだった。
再びオリジナル曲に戻り、幼少期の思い出から “音楽好きの父に聴かせたかった曲" として、1988年のアルバム4作目『VOCU』収録の「パパのJazz」を。和田加奈子の音楽性を語る上で、ジャズスタンダードは欠かせないピースだが、彼女のジャジーで濡れたボーカルが魅力的に聴こえる1曲。ポップチューン連発の第1部に比して、第2部はアコースティック編成ならではの落ち着いた手触りの楽曲が続く。
さらに「C.クローデルの罪」は、1987年のアルバム『KANA』収録曲。タイトルにもある彫刻家、カミーユ・クローデルと、その師である『考える人』のオーギュスト・ロダンとの道ならぬ恋のエピソードを語り出す。和田は東京藝大の彫刻家を卒業した芸術家でもあり、この曲の作詞も和田自身が手掛けており、まさしく彼女でないと表現できない楽曲の1つ。こういった楽曲を、艶やかさとセクシーさを増した、現在の和田加奈子の歌声で表現されると、切なさと悲しみが一層胸に響く。シティポップ的な側面で語られることが多い彼女だが、その奥にあるアーティストとしての深み、シンガーとしての芯はこういった曲でこそ魅力を放つのだ。
Photo:Kayoko Yamamoto
35年ぶりのソロライブは大成功
ラストシングルの「Wake Up Dream」、1988年のシングル6作目「誕生日はマイナス1」と続き、本編ラストは今回のライブのタイトルともなった、1989年のアルバム『dear』収録の美しいバラード「特別シート」で幕を閉じた。
鳴り止まぬアンコールに応え、再びステージに登場した和田加奈子。あと1曲、まだ聴けていない曲がある、その期待に応えるかのように、名曲「夏のミラージュ」を。多くの観客に迎え入れられた35年ぶりのソロライブは大成功を収めた。過去の楽曲群は、現在の和田加奈子のボーカルで聴くと、一層の輝きと深みを増す。彼女の歌声をもっと聴きたい。そんな思いを一層強くした、この日のステージだった。
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2024.12.03