コロナ禍の宅録作業から始まったアルバム制作
高野寛がデビュー35周年を迎えた。これを記念してリリースされたアルバムが『Modern Vintage Future』だ。
本作に至る高野のここ数年の活動を振り返ると、5年前にデビュー30周年記念アルバムのリリースがあった。その後、世界はコロナ禍に覆われ、多くのミュージシャンがそうだったように高野もライブ活動の中断を余儀なくされた。
その間、有り余る時間を使い宅録に没頭したという。こうした作業を振り返り、高野は “大学生の頃に回帰したような気持ちだった。気持ちを鎮めるためにアンビエントも作った。深い海に潜るように静かに暮らした…” と回顧している。そして、できたばかりの曲をインターネットで配信し “ファンからのリアクションはデスクトップと世界を繋ぐ糸電話のようだった” とも語っている。
電子音に宿る温もり、それがYMOへのオマージュ
宅録から始まった本作は、YMOへのオマージュ、つまり打ち込みという事前情報を得ていたことから、もしや高野寛がダンスミュージックを作るのでは?と思ったりもしたのだが、出来上がった作品はそうした作風では全くなかった。
確かに、打ち込みとシンセサイザーが音づくりの基本になっているのだが、それは踊らせるために採用されたものではなく、クールな音像を丁寧に重ねていくためのものだ。テクノロジーを駆使しながらも有機的な質感が感じられるサウンドデザインは正にYMOとの共通項であり、ダンストラックを意識した打ち込みサウンドはCDにボーナストラックとして収録されているリミックス音源だけとなっている。
ピコピコのテクノサウンドを作ることがYMOへのオマージュではなく、一音一音を選び抜いて構築していく丁寧な音づくりこそがYMOへのオマージュであり、こうして作られた音像は若かりし頃の高野が思い描いた未来の音であり、そして、原点なのだろう。また、打ち込みやシンセサイザーによる音づくりでありながらも、決して重厚なものにはならず、音と音の隙間も感じられる風通しの良いポップミュージックとしての聴きやすさと心地良さも担保されている。
宅録を基調としたマルチレコーディングの音像は、とかく密室的で無機質になる傾向があるが、本作から聴こえるサウンドは手作りの温もりが感じられるもので、本作の大きな魅力となっている。
打ち込みでも弾き語り同様に感じる高野寛の体温
先日(2024年11月2日)、東京都立川市の昭和記念公園で開催されたイベント『蚤の市』に高野は弾き語りのスタイルで出演した。そのライブを私は観ることができたのだが、公園の片隅に設置された演奏スペースはステージもなく、観客との距離もほぼない路上ライブのようなアットホームな環境で歌と演奏を観ることができた。生憎、雨の中でのライブだったのだが、高野の演奏と歌からは目の前にいる聴衆と何気なく会話するような優しい歌い口で、ずぶ濡れの体とは対照的に心は温かくなる素晴らしいライブだった。
弾き語りのライブと打ち込みの新作は、真逆の手法であるにも関わらず、どちらからも高野の人間味や温もりを強く感じられたことは大きな驚きだった。このように全く違う手法にも関わらず醸し出す魅力に共通点があることは、高野寛が持っている表現者としての本来的な魅力が凄く人間臭いもので、表現のスタイルに左右されることなく発揮される確固たる個性なのだと確信した。
デビュー35年のベテランが新鮮な気持ちで音楽に向き合って作り上げた傑作
新作『Modern Vintage Future』は、コロナ禍やYMOへのオマージュから着想を得た打ち込みと今までのキャリアで培ったポップマエストロとしての匠の技が同居している。新しい表現と得意技のハイブリッドで挑んだ本作は、デビューから35年が経過したベテランが今でも新鮮な気持ちで音楽に向き合って作り上げた傑作であり、デビュー35周年は単なる通過点に過ぎないことを証明している。
最後に高野本人が本作について、とても素敵なコメントを残しているので紹介させて頂き、本稿を締めくくりたい。
『Modern Vintage Future』は、あの頃描いた未来と、今を繋ぐ音。
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2024.11.27