8月28日

部屋とワイセツと私、デペッシュ・モード「パーソナル・ジーザス」

24
1
 
 この日何の日? 
デペッシュ・モードのシングル「パーソナル・ジーザス」がリリースされた日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1989年のコラム 
フリッパーズ・ギターとオレンジ・ジュース、蘇る高田馬場「オーパス・ワン」の記憶

フリッパーズ・ギターのデビューアルバムと渋谷系あれこれ

80'sの夏フェスはジャズフェス!盛り上がったアート・ブレイキー

大喧嘩する兄弟、切っても切れないミック・ジャガーとキース・リチャーズ

ドリカムの直球ストレート「うれしい!たのしい!大好き!」恋に恋するバラ色世界

ドリカム「うれしはずかし朝帰り」から始まる “シン・EPICソニー” の歴史

もっとみる≫



photo:FANART.TV  

「手を伸ばせ、信仰に触れるんだ」 

という一節で始まるデペッシュ・モードの「パーソナル・ジーザス」は、それに続く「君だけの神様(your own personal Jesus)」というリリックだけ目にすると、それなりに信仰深い曲に思える。しかし作詞・作曲者のマーティン・ゴアによれば、この曲はプリシラ・プレスリーが亡夫エルヴィスとの関係を綴った『私のエルヴィス』(新潮文庫)が着想源で、曰く「これは誰かにとってのイエス、つまり希望を与え、面倒をみてやる何者かになるということに関する曲だ」とのこと。

つまりプリシラにとっての絶対的な「神」が「エルヴィス」だったことにヒントを得た、現代資本主義社会における移り行く「神」の所在を問うた曲だということになる。とか書くと何やら大上段だが、もっと卑近な例でいえば、今の時代この「イエス」が「娼婦」であっても全然おかしくないということで、そうした性的な解釈は鬼才アントン・コービンの手掛けたMVに顕著にみられる。

コービンといえばデペッシュ・モードのモノクロのヨーロピアンテイスト溢れる一連のMVを監督した人物だ。80年代MTV・表の顔がラッセル・マルケイ(※デュラン・デュランのMV監督)だとしたら、コービンは裏番長的な存在だといえる。最近だとジョイ・ディヴィジョンの伝記映画『コントロール』の監督だといった方が通りがいいのだろうか?

とにかくデカダンな匂いがプンプンするヴィデオで、「ゴシック西部劇」といった風情の全身黒のカウボーイたちが、これまた全身黒の娼婦たちと売春宿で猥らな行為に耽る(トップ画像のメドューサ風の女はその一人)。

そこに時折映される十字架。おそらくコービンは、「何だかよく分からない感情、そしてひとりぼっち。あなたは受話器を取りあげる、そしてわたしの信者になる」といったリリックから、コールガール(日本でいうデリヘル)を連想したのだろう。とはいえ、ここで一番注目するべきはそれらヒトやモノを取り囲む「個室」ではないか。

ちょっと「個室と宗教の文化史」に迂回しよう。わざわざ教会に信者を集めて神を崇めさせた拝金主義のカトリックに対して、印刷術で各個人にバイブルを行き渡らせ、「各個人のイエス(パーソナル・ジーザス)」の到来を寿いだプロテスタント文化にとって、その神を崇める「個室」の意味はとても大きい。ここで興味深い符合だが、アントン・コービンの父親もまたデンマークのプロテスタントの牧師で、コービン少年はその抑圧のもとに育ったと自ら語っていたりする。

しかし個室というのは同時に外から何も見えないということから「悪癖」が行われる場ともなる。「パーソナル・ジーザス」のMVに見られるように、娼婦と猥らな行為に耽るのも、神に祈るのも、一つの個室で行われるということ。近代小説の開祖と呼ばれるサミュエル・リチャードソンの『パミラ』(1740年)が個室文化隆盛の時代に書かれ、若旦那が小間使いの女を鍵穴から覗く行為を軸とするものだったことは偶然ではない。
 
デペッシュ・モードの「パーソナル・ジーザス」はそんな「部屋」のもつ聖 / 俗の両義性を思い出させる。「君だけのジーザス」と歌いながらも、内容は極めてアンチ・クライストなものなのだ。その点何といっても、ジョニー・キャッシュやマリリン・マンソンといった「アメリカン・ゴス」な人達がこの曲をカバーしているのだから、これ以上の説明は野暮というものだろう。

2018.01.11
24
  YouTube / Depeche Mode


  YouTube / MarilynMansonVEVO
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。


おすすめのボイス≫
1966年生まれ
imochan
Depeche Modeを聴き出したのは1993年からと、1983年頃からUKポストパンク・ニューウェイヴを聴き始めていた自分にとっては大変出遅れてしまった感があるのですが、なぜか買ったばかりのビデオデッキでSONY MUSIC TVで採り上げられていたDepeche ModeのMV特集を「これは将来好きになるかもしれない」と録画してとっておいた(当時の最新シングル曲は”Never Let Me Down Again”)ことは結果的に大正解で、特に彼らが1990年代にリリースしたアルバム(”Violator””Song Of Faith And Devotion””Ultra”)はどれも文句のつけようのない傑作揃いと感じています。救いようのない暗さと絶望感、そして妖艶さは群を抜いています。ロックへのアプローチやFloodによるプロダクションも非の打ちどころがありません。ティム・シムノンによる”Ultra”も勿論最高!中学・高校とプロテスタント主義の学校に通い、毎朝礼拝で讃美歌を歌い聖書をめくっていた自分にとって、彼らの楽曲の歌詞の世界観はすんなり入ってくるものでした。この感覚、能天気な多神教の価値観しか持ち合わせていない日本の曲の歌詞しか聞かない連中には解らないんだろうなぁ。
2023/12/04 02:45
0
返信
カタリベ
1988年生まれ
後藤護
コラムリスト≫
52
1
9
8
4
音楽が聴こえてきた街:新宿ロフトで観た「暴威 BOØWY」と一筋の光
カタリベ / 本田 隆
34
1
9
8
5
聴き惚れたホルンの音色、ストロベリー・スウィッチブレイド礼賛
カタリベ / ソウマ マナブ
5
1
9
8
7
デュラン・デュランのアンディ・テイラー、忖度なしのソロデビュー!
カタリベ / 岡田 ヒロシ
11
1
9
8
9
現代に続くエレクトロの礎、デペッシュ・モードはスタジアムロックの雄!
カタリベ / 岡田 ヒロシ
22
1
9
8
2
雨を描いた優しい歌、スーパートランプ「イッツ・レイニング・アゲイン」
カタリベ / まさこすもす
21
1
9
8
3
どこまでもつづくハイランドの丘陵、ビッグ・カントリーがくれた心の宝箱
カタリベ / まさこすもす