2026年もよろしくお願いします!というわけで筆者の今年最初のコラムは、『2026年を感じながら聴く【1970年代ロック名盤ベスト10】』。いわゆる “名盤” は音楽専門誌のディスクガイドにお任せして、ここでは独断と偏見でアルバムをチョイス。順位はあくまでも気分的なものなのでツッコみながら楽しんでいただければ幸い。それではカウントダウン、行ってみよう!
究極のラブソング「ビコーズ・ザ・ナイト」収録、パティ・スミスの名盤がランクイン
第10位:ジョン・レノン&オノ・ヨーコ / プラステック・オノ・バンド『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』(1972年) 2025年にリリースされた豪華ボックスセット『パワー・トゥ・ザ・ピープル』は、1970年代初期ニューヨークに拠点を移した時期のジョン・レノン&オノ・ヨーコの凄まじいクリエイティビティがよくわかる内容だったが、その核となっているアルバムが本作。スタジオ録音盤とライブ盤の2枚組で、とにかくエネルギッシュ。人種問題や性差別などの社会問題から北アイルランド紛争、アッティカ刑務所暴動などのニュースまでさまざまなトピックを扱い、ジョンのアルバムの中でももっとも社会性に富んだ、政治的なアルバムとなった。もしジョン・レノンが今の世界に存在していたら、トランプ政権に対してどんなことを歌ったのだろう?
第9位:ニューヨーク・ドールズ 『ニューヨーク・ドールズ』(1973年)昨年の悲しかったニュースのひとつに、デヴィッド・ヨハンセンの死去がある。これで黄金期ニューヨーク・ドールズのメンバー5人が、すべて世を去ってしまった。本作はこの5人でレコーディングされた記念すべきデビューアルバム。当時はショッキングだった、女性風メイクのメンバーの姿を収めたジャケットはもちろん、ラフで荒々しくいサウンドも自由を感じさせる。2004年の再結成来日公演(といっても当時のメンバーは2人だけ)を筆者は観たが、女性用ブラウスを着て吠えるヨハンセンも、動き回って笑顔でギターを弾き続けるシルヴェイン・シルヴェインも楽しげだった。やはりロックは自由であるべきだ。
第8位:T.レックス『地下世界のダンディ』(1977年)T.レックスのアルバムで本作をベストに挙げる人が少ないであろうことは百も承知。『電気の武者』(1971年)をピークに、グラムロックブームの終焉もあり、彼らの英国での人気は下降線をたどっていた。メインストリームの王者から “地下世界のダンディ” へ。自虐? 開き直り!? いやいや、これはマーク・ボランの再スタートへの決意表明。
ブルースやソウルに接近しつつ、ボランらしいうねるギターが重厚なアレンジの中を舞う。『電気の武者』やもうひとつの代表作『スライダー』(1972年)というグラムロック名盤とは異なるアプローチ。これによりT.レックスの本国の人気は盛り返しの予兆を見せたのだから、人生はやり直しがきくというべきか。しかし、ボランはこのアルバムのリリースから半年後、皮肉にも自動車事故で世を去ってしまう。
第7位:クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル『コスモズ・ファクトリー』(1970年) 1970年代初頭、時代の変化を受け、ロックは子どもの玩具から大人のエンタメへと変容し、メッセージ性を増していった。とりわけ、反ベトナム戦争の気運は高まり、多くのアーティストが音楽を通じて反戦の意思を表明した。CCRのこのアルバムには「雨を見たかい」(フール・ストップ・ザ・レイン)という、一般的に反戦歌といわれる名曲が収められている。
フロントマンのジョン・フォガティは、1969年のウッドストックコンサート時の大雨に触発されてこの曲を書いたというが、優れたアートがそうであるように、政治的な曲としても有効だ。キーフ、モスクワ、ガザ… 空爆という名の雨を誰が止めるのか? 1980年代にハノイ・ロックスがカバーした「アップ・アラウンド・ベント」も収録。
第6位:ザ・ローリング・ストーンズ 『ブラック・アンド・ブルー』(1976年)祝・リリース50周年。2025年秋にデラックス・エディションがリリースされたのも記憶に新しい。ミック・テイラーが脱退し、セカンドギタリスト不在のままリリースされた過渡期のアルバム。ストーンズにしては珍しく1曲1曲が長めで、ライトでストレートなロックナンバーは皆無。ファンクやレゲエ、そしてもちろんブルースも泥臭くキメる。必要な人材が欠けても、ひたすら前に進む意思の表われか。本作の3曲に参加したロン・ウッドをセカンドギタリストに迎え、この後ストーンズは新たな黄金時代に突進していく。
第5位:スパークス『No.1イン・ヘヴン』(1979年)ここ数年、再評価の波が高まっているロサンゼルスのヘンテコポップ兄弟デュオ、スパークス。60年のキャリアの中で、彼らは約30枚のアルバムを発表しているが、つねに前作とはテイストが異なるアルバムをリリースし続けてきた。それがもっともよくわかるのが本作。前作『イントロデューシング』(1977年)はパンク全盛期に、あえてオールドポップを蘇らせた作品だったが、当時の評価は芳しくなかった。
そこで次に彼らが選択したのは、シンセサイザー主体のサウンド。当時の売れっ子プロデューサー、ジョルジオ・モロダー(1980年代には「フラッシュダンス」などでさらに売れっ子に)を迎え、それまでのバンドのアンサンブルをバッサリと切って捨て、早急なビートのダンスミュージックを構築。これが1980年代以降の英国のエレクトロポップブームの祖となるのだから、世の中はわからない。とにもかくにも、新しいことへのチャレンジを忘れてはいけない。
第4位:パティ・スミス『イースター』(1978年)パティ・スミスの名盤といえば、2025年に50周年記念エディションがリリースされた『ホーセズ』(1975年)であることに疑問の余地はないが、ここではもっとも売れた彼女のアルバムをチョイス。芸術性と大衆性の奇跡の融合。攻撃的な単語を使用したために、今やサブスクで聴けなくなってしまった「ロックン・ロール・ニガー」の解放感はどうだ! オープニング曲「ティル・ビクトリー」の勇ましさに何を感じる? ニューヨークパンクの代表にして希代の詩人の貫禄がそこかしこにあふれ出る。ブルース・スプリングスティーンとの共作である究極のラブソング「ビコーズ・ザ・ナイト」も含めて、これまた自由を感じさせるアルバム。
トップ3はスプリングスティーン、ザ・ジャム、そして今年没後10年のデヴィッド・ボウイ
第3位:ブルース・スプリングスティーン『闇に吠える街』(1978年)昨年リリースされたレコードの中で、聴いていてもっとも涙が出たのは2000年代を代表するバンド、ザ・キラーズがブルース・スプリングスティーンとジョイントした、レコードストアデイのライブシングルだった。1曲目の「バットランズ」で、すでに涙腺崩壊。この曲のオリジナルを収めた本アルバムは、若かった頃のスプリングスティーンのエネルギーを体感できる。本作の「バッドランズ」と、昨年リリースのバージョンを聴き比べて思うのは、素晴らしいアーティストは、どれほど月日が流れても自分を更新していくものである、ということ。その美しさに泣けた。昨年公開されたボスの伝記映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』もしかり。
第2位:ザ・ジャム『セッティング・サンズ』(1979年)UKパンクからいろいろ取り上げたいアルバムはあったが、このアルバムに集約しておく。ワーキング・クラス・ヒーロー、ポール・ウェラー21歳時の名盤。シングルカットされた「イートン・ライフルズ」は保守党政権に対する労働者階級からの痛烈な批判。保守に則って名門イートン校で学ぶ若者たちに、強烈な一撃を食らわせる。時は折しも、マーガレット・サッチャーが首相となり、英国は強硬な保守化の空気に覆われていた。昨秋、サッチャーを尊敬している日本初の女性首相が誕生したが、庶民を苦しめない政策を行なってくれることを、ただただ願う。
第1位:デヴィッド・ボウイ『ステイション・トゥ・ステイション』(1976年)今年は没後10年。そしてこのアルバムは『ブラック・アンド・ブルー』と同様にリリース50周年。ボウイの1970年代のアルバムの中では、次作『ロウ』(1977年)に匹敵するほど重くて暗い。グラムロックの影は、めっきり影を潜め、前作『ヤング・アメリカンズ』(1975年)のプラスティック・ソウル路線とも趣を異にする。何より1曲1曲が長く、収められたのはわずか6曲。
当時のボウイはコカイン中毒によって激ヤセし、ビジュアル的にも彼史上もっとも不健康にみえる。アーティストとしてもストーンズと同様に過渡期。暗闇の中で次を模索した結果が、このアルバムであると言っても過言ではないだろう。この後、ベルリンに飛んでドラッグを抜き、『ロウ』、『ヒーローズ』(1977)、『ロジャー』(1979)という傑作 “ベルリン3部作” を発表。それもこれも、苦渋の本作があってこそだ。
毎年のことだが、新年は明るくも見えるが、暗くも映る。1960年代生まれの筆者にしても、気持ち的にはまだまだやれる、しかし体力的にはけっこうキツい… という現実があったりする。陽もあり、陰もあるのが人生だ。それらのバランスをとりながら、2026年を生きていこうと、この10枚を聴いて思った。がんばるでー!と大声を出したいところだが、ゼホゼホと咳き込みそうなので、無理をせず自然体でいますよ。
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2026.01.07