水道橋TDCホールに舞い降りた “やさしい悪魔” 伊藤蘭
それは、1万5030日目に訪れた “奇跡の日” でした。
「もう二度とステージで歌う姿を見ることはないんだな」
―― そう覚悟して臨んだ、1978年4月4日、いまはなき後楽園球場。ゆっくりと奈落に沈む3人が振り続ける手。その指先が完全に見えなくなった瞬間、これで本当に遮断器が降りたんだ、そう痛感しました。
でも最後にランの口から僕たちに残してくれた、
「本当にわたしたちはしあわせでした!」
この言葉をいつも心の奥に携え、それから41年、地を這うように日々生きてくることができました。
その間に、スーは天国に。葬儀で青い紙テープを投げて見送った時の最大級の悲しみはまた、3人への僕たちの変わらない想いを掘り起こしてもくれました。
そして2019年5月29日。水道橋、TDCホールに舞い降りてきてくれた、やさしい悪魔。
赤いミニは紫のドレスになっていても、その日から、僕たちと蘭さんには二度目の青春の日々が訪れたのです。
恩返しをしたい、いや、しなければ! 歌でもらった微笑は歌でお返し
そんな多幸感に包まれて伊藤蘭さんのアルバムを聴いていた2019年大晦日。僕の脳裏にふっと降りてきた言葉がありました。
「微笑で恩がえし」
そうだ、恩返しをしたい! いや、しなければ!
こんなにも僕たちにしあわせを届けてくれた人に、何もできないもどかしさも含めて、せめてその気持だけでも伝えたい、と。
そうだ! 歌でもらった微笑は歌でお返しすればいいんだ。
―― この想いを詞に残し、曲に乗せて、歌って届けたい。
三が日が明けると、すぐ、旧知のスージー鈴木氏に「曲先で作曲してもらえませんか?」と打診。この構想にスージー氏から、
「面白いですね。ぜひ。お手伝いします。吉田拓郎~穂口雄右ラインの “ニューミュージック歌謡” を狙います」
… と返ってきて、1月25日に打ち合わせを。僕からのオーダーのキーワードは、
「多幸感がある。キャンファン以外でも郷愁を感じられる」
「シンプルめで。手拍子パンパパンが入る箇所がある」
… ぐらいであとはお任せしました。
曲先で作曲、スージー鈴木から届いたデモテープ、作詞は石黒謙吾
2月2日に、ギター1本でスージー氏が歌ったデモver.1が届き、「これは素晴らしいな!」と。
<吉田拓郎風、『アン・ドゥ・トロワ』あたりのエレガントさを意識しつつ、アイドル歌謡のエッセンスを足してみました>
頂いたデモを何度も何度も聴きつつ半日×2日で詞ver.1はでき、それをスージー氏に送り、デモver.2までもらい、歌詞は完成音源まで微修正を重ねていきました。
歌詞は、もちろんキャンディーズ時代のランと今現在の伊藤蘭さんを芯にした構成なわけですが、そのイメージをいっさい抜きにしても、ミドルエイジなどを中心に、青春の想い出と人生に想いを巡らせてもらえるものを… という意識で書きました。
詞の “見立て” をたくさん盛り込んであります。キャンディーズファンなら言わずもがな、ですが、わからない人のために、無粋と知りながらも申し添えておきます。
■ 遮断器=解散
■ 同窓会=ソロデビュー
■ 紫のドレス=今のイメージカラー
■ 真夏のライブ=日比谷野音
■ 轟く稲妻=解散宣言
■ 5年の残り香=キャンディーズ活動年数
■ 赤青黄色=ランスーミキのイメージカラー
■ シンフォニー=哀愁のシンフォニー
■ 年上のきみへ=年下の男の子
■ 球場=後楽園球場
■ 若い日の晴れ舞台=ファイナルライブ
■ つばさ広げ=最後の曲「つばさ」作詞・伊藤蘭
■ 微笑の恩がえし=1位を取ったラストシングル「微笑がえし」
アレンジャーは周防泰臣、ギターソロは林勇治
当初は、作詞だけしてどなたかに歌ってもらおうと思っていましたが、この企画なら、僕自身が歌うことに意味があるのではないか?―― だんだんそう考え始め、ヘタでもいいんだと自分に言い聞かせて、歌うことに決めました。
さぁ、ここまではきたものの、アレンジをどうするか、が問題に…。スージー氏は、曲はギターで作れるけど、ソフトでアレンジができるわけではないので誰かに依頼しなければ… と。
そんな時、知人の作詞家・相田毅さんがこの企画に意義を感じてくれてアレンジャーの周防泰臣さんに話をつないでくれました。そして素晴らしいクオリティのアレンジが完成。
さすがプロは違う……。しかも前奏と間奏などかっこいいギターソロ部分は生ギターで、演奏はプロの林勇治さん! 周防さんが依頼してくれたのです。
音はそうやって進みつつ、さらなる課題はビジュアル。ジャケットと、さらに、MV的な告知動画もいるな、と。そこで、お仕事をご一緒してる、イラストレーターでデザインも秀逸な雨本洋輔さんに構想を伝えて打診。こちらも、「応援しますよ!」と男気で快諾頂きました。
みなさんに、本当に、感謝です。
伊藤蘭に届け!ついに完成した「微笑の恩がえし」
さぁ、このCDが、歌が、メッセージが、僕と気持ちを同じにしてくれたみなさんの微笑がえしが伊藤蘭さんに届きますように。
そう思い続けていて、ついに2021年8月20日、音楽サイトRe:minderで2008年から通算4回目となるインタビューをさせて頂くことになり取材終了後にCDに入れて、詞のプリントやいきさつの簡単なメモを付けてお渡しすることが出来ました。
「微笑の恩がえし、あ、なるほど!」
「え! 石黒さんが歌ってるんですか!?」
「あ、この絵は後楽園!?」
などの言葉をいただき感無量……。
生きててよかった。
オーバーではなく。
あとは、ご本人に歌っていただけるという奇跡を夢に見つつ。
僕たちはずっとしあわせです。
特集 伊藤蘭!2ndアルバムリリース記念
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2021.09.10