“トノバン” の愛称で親しまれた加藤和彦
フォーク、ロック、R&B、ラテン、AOR…。いつの時代も海外に視線を向けた先進的な音楽家であり、“ミュージシャンズ・ミュージシャン” であることが改めて分かった一夜であった。7月15日に東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールで開催された『加藤和彦トリビュートコンサート』のことである。
“トノバン” の愛称で親しまれた加藤和彦は1947年、京都府で生まれ、学生時代に北山修らとザ・フォーク・クルセイダーズ(のちザ・フォーク・クルセダーズに改称)を結成。メジャーデビュー曲「帰って来たヨッパライ」(1967年)はオリコン初のミリオンセラーとなる。フォークル解散後はソロ活動を開始する一方、ベッツイ&クリスに提供した「白い色は恋人の色」(1969年)がヒットするなど、作家としても活躍。70年代前半は小原礼や高橋幸宏らが参加したサディスティック・ミカ・バンドが英国で評判となるなど、海外進出も果たす。
ミカ・バンド解散後は、人生のパートナーとなった作詞家・安井かずみとのコンビで “ヨーロッパ三部作”(1979〜1981年)など意欲的なソロ作品を次々と発表。作家としてもプロデューサーとしても辣腕を振るい、「不思議なピーチパイ」(1980年 / 竹内まりや)、「愛・おぼえていますか」(1984年 / 飯島真理)等のヒットを放つかたわら、映画や舞台の音楽でも才能を発揮する。“同じことは2度やらない” 主義で、ミカ・バンドやフォークルを再結成したときも過去とは違うアプローチの活動を展開したが、2009年に62歳の若さで帰らぬ人となった。
没後15年にあたる2024年は彼の音楽人生を追ったドキュメンタリー映画『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』が5月に公開。前後して2枚組CD『The Works of TONOBAN〜加藤和彦作品集』や書籍『あの素晴しい日々 加藤和彦、「加藤和彦」を語る』が発売されるなど、再評価が進んでいる。その影響もあったのだろう。公演会場には往時を知るファンや関係者のみならず、後追いと思しき若い世代も詰めかけた。
1曲目は今や日本のスタンダードソングとなった「あの素晴しい愛をもう一度」
“一体どんなコンサートになるのか”
客入れのBGMで流れる加藤の楽曲を聴きながら、胸を高鳴らせていたのは筆者だけではないはずだ。なにせ40年以上に及ぶキャリアで、時代ごとに様々な音楽に取り組んできた音楽家だ。作品との関わり方もミュージシャン、シンガー、作曲家、アレンジャー、プロデューサー… と多岐にわたる。出演する7組のアーティストには加藤と接点がなかったように思われる若手も含まれており、どういう演出・構成になるか、予測不能だったからだ。
“親愛なる加藤和彦様。今いらっしゃるところから、こちらの様子はご覧になれますでしょうか――”
コンサートはこの言葉から始まった。FM802などで活躍する田中乃絵によるナレーションは加藤に向けたメッセージという体裁をとりつつ、上演曲に関するエピソードを随時紹介。ビギナーやライトファンにはありがたい情報で、トノバンの音楽をより楽しむための一助となったに違いない。
1曲目は今や日本のスタンダードソングとなった「あの素晴しい愛をもう一度」(1971年 / 加藤和彦と北山修)。前述の映画ではエンディングで流れていた楽曲で、プロジェクトの連続性を感じさせるオープニングだ。ステージでは坂本美雨、ハンバート ハンバート(佐藤良成、佐野遊穂)、高野寛、高田漣がパートごとに歌唱。やがてオーディエンスも巻き込んだ大合唱となり、幕開けから会場との一体感が醸成された。
そのまま舞台に残ったハンバート ハンバートは「白い色は恋人の色」と「もしも、もしも、もしも」(1971年 / 加藤和彦)の2曲を披露。フォークやカントリーをルーツとする夫婦デュオならではの息の合ったハーモニーで、観客を “フォークの時代” へといざなう。ほのぼのとしたトークで笑いをとった2人はフォークルの出世作「帰って来たヨッパライ」も歌唱。斬新な歌詞とサウンドで聴く者を驚かせた原曲の世界観を佐野のキュートなボーカルと多彩な楽器で再構築し、新鮮な感動を届けてくれた。
田島貴男が「シンガプーラ」をソウルフルにパフォーマンス
続いて登場した田島貴男は、サザンロックやR&Bの名盤を送り出した米国のマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオで録音された「シンガプーラ」(1976年 / 加藤和彦)を重厚なグルーヴに乗せてソウルフルにパフォーマンス。同曲が収録されたアルバム『それから先のことは… 』や加藤への想いを語ったあと、自身もORIGINAL LOVEのアルバム『キングスロード』(2006年)でカバーした「青年は荒野をめざす」(1968年 / ザ・フォーク・クルセダーズ)をロックンロール調のアレンジで熱唱し、会場を沸かす。
一方、坂本美雨は化粧品のCMソングとして80年代の幕開けを飾った「不思議なピーチパイ」(1980年 / 竹内まりや)からスタートし、澄んだハイトーンボイスで場内を新たな色に染め上げた。2曲目の「ニューヨーク・コンフィデンシャル」(1983年 / 加藤和彦)は母・矢野顕子が参加した加藤のアルバム『あの頃、マリ・ローランサン』の収録曲で、矢野自身もアルバム『Piano Nightly』(1995年)でカバーしているメモリアルな1曲。今回のステージで親子2代のカバーが実現したことになる。
坂本はもう1曲、「こんな曲が書けたらと思う、大切な曲」として「光る詩」(1976年 / 加藤和彦)も歌唱した。曲間のMCでは小学生時代、加藤がゲスト出演した小原礼のコンサートに母親同伴で行ったときの日記の内容が明かされたが、トノバンの音楽が次の世代に受け継がれていることを実感させられた一幕でもあった。
加藤和彦をリスペクトする演者の想いがあってこその歌唱
その後は加藤を語るうえで欠かせない “ヨーロッパ三部作” コーナーに突入。1979年から1981年にかけて海外で録音された3枚のアルバム『パパ・ヘミングウェイ』(1979年)、『うたかたのオペラ』(1980年)、『ベル・エキセントリック』(1981年)から4曲が上演された。
「絹のシャツを着た女」(1980年)、「サン・サルヴァドール」(1979年)、「キッチン&ベッド」(1980年)を歌った高野寛は自身のファーストアルバム『hullo hulloa』(1988年 / 高橋幸宏プロデュース)のレコーディングで加藤からギターの名器 “マーティンD-45” を借りたエピソードを披露。続けて登壇した奥田民生は「浮気なGIGI」(1981年)を民夫節全開で聴かせてれた。
続けて奥田は自身も2002年にカバーしている「悲しくてやりきれない」(1968年 / ザ・フォーク・クルセダーズ)をフォークロック調のサウンドに乗せて歌唱。どうアレンジしても楽曲の魅力が伝わってくるのはメロディの良さもさることながら、加藤をリスペクトする演者の想いがあってこそと言えるだろう。
本編のトリはGLIM SPANKY
名演・名唱が続いたコンサートもいよいよ終盤。ミカ・バンド以来の盟友、小原礼が登場すると大きな拍手が巻き起こる。高野とのツインボーカルで「アリエヌ共和国」(1973年 / サディスティック・ミカ・バンド)を歌った小原は加藤と初めて会ったとき “好きな曲” として挙げたという「家をつくるなら」(1971年 / 加藤和彦)も披露。飄々としたトークからは、加藤の晩年に結成されたバンド、VITAMIN-Qまで続いた両者の絆の深さが感じられた。そこに奥田が加わり、3人でロックチューン「ダンス・ハ・スンダ」(1973年 / サディスティック・ミカ・バンド)をコラボすると場内のボルテージはさらに高まった。
本編のトリを務めたのは加藤の没後にメジャーデビューしたGLIM SPANKYだった。90年代生まれの若い2人(松尾レミ、亀本寛貴)は美しいメロディをギターが奏でる「BLUE」(1975年 / サディスティック・ミカ・バンド)をじっくり聴かせたあと、この日のライブを盛り上げたバンドメンバーを紹介。小原と奥田を再びステージに迎え入れて、木村カエラをフィーチャーした第3期ミカ・バンドの「Big-Bang, Bang!(愛的相対性理論)」(2006年)でロックスピリットを炸裂させる。
腕利きミュージシャンの共演による「タイムマシンにお願い」
“みんなで時間を旅しましょう!”
松尾のMCに続いて演奏されたのは第1期ミカ・バンドの名盤『黒船』(1974年)収録の「タイムマシンにおねがい」だった。30代から70代まで、腕利きミュージシャンの共演による圧巻のパフォーマンスに会場は総立ち。鳴り止まぬ拍手に応えて、アンコールでは小原礼、高野寛、奥田民生、田島貴男、GRIM SPANKYがミカ・バンドの「SUKI SUKI SUKI(塀までひとっとび)」(1974年)をコラボして2時間10分の公演を締めくくった。
一連のトノバン・プロジェクトの白眉とも言える今回のトリビュートコンサート。キャリア初期のザ・フォーク・クルセダーズ、海外でも評価を受けたサディスティック・ミカ・バンド、1作ごとに新しい音楽を展開したソロワークス、そして他のアーティストへの提供作品まで、加藤の多面的な音楽性を存分に味わえる内容であった。贅沢を言えば、プロジェクトの発端となった言葉 “トノバンって、もう少し評価されても良いのじゃないかな” を発した高橋幸宏にもいてほしかった。もし存命であれば、きっと素晴らしいドラムプレイで魅せてくれたに違いないからだ。
トノバンを敬愛する、世代を超えたアーティストによる全21曲の一大プログラム
阿久悠、松本隆、筒美京平、売野雅勇、林哲司など、近年、作家のトリビュートコンサートが毎年のように開催されて好評を博しているが、その多くはオリジナル歌手が中心。もちろんそれに越したことはないのだが、今回の公演は作家自身やオリジナル歌手が不在でも、上演曲への理解が深まる演出や、実力派ミュージシャンのキャスティングによって、十分堪能できる内容になることを証明し、新しい可能性を提示したと言えそうだ。
トノバンを敬愛する、世代を超えたアーティストによる全21曲の一大プログラム。その模様が9月29日(日)22時から歌謡ポップスチャンネルで放送される。この番組を観れば、加藤和彦の音楽がこれからも色褪せず、歌い継がれていくことが確信できることだろう。
Information
歌謡ポップスチャンネル「加藤和彦 トリビュートコンサート」7月15日にBunkamuraオーチャードホールで開催されたコンサートをテレビ初独占放送!
▶ 加藤和彦 トリビュートコンサート
・9/29(日)よる10時
・出演:小原礼、奥田民生、田島貴男、高野寛、坂本美雨、ハンバート ハンバート、GLIM SPANKY
・バンドメンバー:高田漣、白根賢一、伊賀航、ハタヤテツヤ
▶ Re:minder SONG FILE「加藤和彦セレクション」選曲:濱口英樹
・9/29(日)深夜0時
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2024.09.08