OnlyOneOfもカバーしたシャ乱Qの大ヒット曲「ズルい女」
日本のロックには、発展段階において歌謡曲的なメロディや歌詞を取り込むことで大衆化した歴史がある。また、今日においてもロックと歌謡曲的なメロディは部分的な蜜月関係を続けている。そして、これと並行するかたちで、演歌的世界に接近したロック…… つまり、“演歌っぽい” ロックの系譜もある。
最近では、韓国出身の6人組男性グループ、OnlyOneOfもカバーしたシャ乱Qの大ヒット曲「ズルい女」(作詞・作曲:つんく、編曲:たいせー&シャ乱Q・森宣之)もそこに属する作品ではないだろうか。
演歌に音楽的な定義はないといわれる。マイナーコードの曲が多いが、それが条件ではない。和楽器が用いられることもマストでもない。男と女、別れ、酒、涙、港、海、人生、夜の盛り場などが歌詞のモチーフになりがちだが、別れ、港を歌った森進一の「冬のリヴィエラ」(作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一、編曲:前田憲男)は果たして演歌なのか?
「ズルい女」につながる、“演歌っぽい” ロックとは?
―― しかし、だとしても “演歌っぽい” という表現は、なんとなくでも多くの方にご理解いただけるだろう。やはり、この世に “演歌っぽい” ものは存在するのだ。
では、「ズルい女」につながる、“演歌っぽい” ロックにはどのようなものがあったのだろうか?
演歌的ボキャブラリーに満ちたツイスト楽曲
たとえば、1977年にリリースされた世良公則&ツイスト(のちにツイスト)デビュー曲「あんたのバラード」(作詞・作曲:世良公則、編曲:世良公則&ツイスト)がその1つ。メロディにも“演歌っぽい”ニュアンスが感じられるが、それ以上に “演歌っぽい” のは歌詞である。
あんたにあげた 愛の日々を
今さら返せとは 言わないわ
―― という冒頭のフレーズのみならず、「酔いどれ男」「厚化粧」「今夜はあたいが」といった具合だ。タイトルにもなっている「あんた」は、「ズルい女」の歌詞でも用いられるワードだ。
北島三郎ファミリーが生んだ年間1位曲
「北島音楽事務所」に所属していたもんた&ブラザーズのデビュー曲「ダンシング・オールナイト」(作詞:水谷啓二、作曲:もんたよしのり、編曲:もんた&Brothers・松井忠重)は1980年のオリコン年間チャート1位を獲得したメガヒット曲だ。そのメロディは “演歌っぽい” ニュアンスに満ちている。この曲を聴きながら、もんたよしのりの声を吉幾三の声に脳内変換してみて欲しい。“演歌っぽい” というより、もう確実に演歌にしか聴こえなくなる。
バンドなのに演歌。ニック・ニューサが守った独自の立脚点
1981年6月にデビューした男性6名のバンド、ニック・ニューサ(「ニック・ニューサー」と記されることもある)をご存知だろうか? バンド名(英文表記はNyc Nyusa)の由来は「New York City, New York U.S.A.」の頭文字だとされた。 しかし、そこにニューヨークの要素は見当たらなかった。なぜなら、ニック・ニューサは、ロックを下地にした “演歌っぽい”…… というより、ほぼ演歌のような曲を歌っていたのだ。
なにしろ、デビュー曲「サチコ」(作詞・作曲:田中収)の冒頭の歌詞は「暗い酒場の片隅で」だ。それでいて、メンバーのファッションやレコードジャケットのアートワークは、当時のロックバンド風であった。つまり、ニック・ニューサは「もっともロック寄りの演歌歌手」であり「もっとも演歌寄りのロックバンド」という絶妙な立ち位置を守っていたのだ。
松居直美も便乗カバーしたチェッカーズのデビュー作
1983年9月にリリースされたチェッカーズのデビュー曲「ギザギザハートの子守唄(作詞:康珍化、作曲・編曲:芹澤廣明)は、メロディが実に “演歌っぽい”。のちの関係者の証言によると、当時から作曲者の芹澤廣明も、チェッカーズのメンバーも「演歌みたいな曲」という認識だったという。
この曲は、1984年3月には、当時は演歌路線の歌手だった松居直美もカバーしている。チェッカーズ的にどんな気持ちだったのか?
ZIG ZAGはスタイリッシュなシティ演歌路線
1985年2月に、ツインキーボードという珍しい編成のZIG ZAGという男性6人組バンドがデビューした。彼らのルックスやファションは都会的で洗練されていたが、それとはミスマッチともいえる特徴的な楽曲を残した。イントロから電子音の主張が強いデビュー曲「女狼−メロウ−」(作詞:水野真人、作曲:小泉章治、編曲:ZIG ZAG・船山基紀)が、Aメロがいきなり “演歌っぽい” のである。一般的に、汗臭く、泥臭いものは敬遠され、スタイリッシュなものが好まれた80年代半ば、「女狼−メロウ−」は、“シティポップ” ならぬ “シティ演歌” とも呼べるものだった。
大々的に売り出されたZIG ZAGだが、「女狼−メロウ−」は爆発的ヒットとはならず。セカンドシングルまでは当初の路線を続けるが、セールスが伸び悩んだためか、以後の楽曲はポップなものが増えていったのが残念だった。
演歌的世界をパロディ化した?「六本木心中」
アン・ルイスの代表曲「六本木心中」(作詞:湯川れい子、作曲:NOBODY、編曲:伊藤銀次)のリリースは1984年の10月。この曲もどこか “演歌っぽい” 匂いが漂う楽曲だ。もしかすると、それが制作意図だったのかもしれない。
メロディに演歌性が指摘されているのはもちろんのこと、歌詞には
「命あげます」なんて
桜吹雪に
あなたなしでは生きてゆけぬ
―― と、演歌的世界をパロディ化したようなフレーズが散見されるのだ。
他方、「六本木心中」は売れ方が演歌的だった。リリース直後ではなく、翌年になってとんねるずが出演の深夜ドラマ『トライアングル・ブルー』(テレビ朝日系)の主題歌として流れることで、ジワジワと “気になる曲” として認知度がアップ。そこから、有線放送、カラオケで人気を集めていった。
── このように、“演歌っぽい” ロック系楽曲は散発的に登場する。冒頭でも触れたように、シャ乱Qの「ズルい女」は、それらの延長線上にあると考えたい。
売れ方も “演歌っぽい”?シャ乱Q「ズルい女」
つんくのソングライター、ボーカリストとしての才能が溢れ出している「ズルい女」のリリースは1995年5月。その4年前のバブル崩壊による影響を大衆がようやくリアルに実感しはじめたか、していないか…… そんな時期だ。歌詞に出てくるように、都会の若いカップルがどちらかの誕生日に高級レストランで食事をするというのはフツーのことだった。
まず、この曲の “演歌っぽい” 要素として、90年代のJ-POPの歌詞ではあまりお目にかかれない「あんた」という歌詞に注目だ。
近年ではマカロニえんぴつが、いくつかの楽曲の中で複数回使っている例もあるものの、「あんた」はどちらかというと演歌的な語彙だといえる。吉幾三、美川憲一、石川さゆり、天童よしみ、長山洋子、川中美幸、香西かおり、神野美伽らは、タイトルに「あんた」が含まれる楽曲を歌っている。
ただ、これらの楽曲はいずれも女性(もしくは女性的な話し言葉をする男性)目線の歌詞だ。前述の「あんたのバラード」もしかり。それに対し、「ズルい女」は男性(もしくは男性的話し言葉をする女性)が自分を振った女性を「あんた」と呼んでいる。これは珍しい。現実的に90年代に交際相手を「あんた」と呼ぶ若い男性は極めて少なかったが、この曲は「あんた」と呼ぶことで、“ズルい女” を悔しまぎれに突き放したニュアンスを出しているのだ。このフィクション的技法は見事である。とはいえ、やはり「あんた」を歌詞に使うと “演歌っぽい” 味が出る。
そして、なによりメロディが“演歌っぽい”ことは、多くの人が感じている通りだ。2018年に「うたコン」(NHK総合)にて、氷川きよしと三山ひろしが「ズルい女」をデュエットしたことがあった。両者の卓越したボーカルと曲の親和性の高さは強烈だった。
ただし、「ズルい女」を “演歌っぽい” という表現だけで片付けるのは適当ではない。ツカミとして効果的なホーンを派手に用いたイントロ、つんくの自由自在なファルセット、複数の解釈ができる「真珠」という歌詞、あえて「来ない」という言葉を何度も重ねることによる苛立ちの表現など、「ズルい女」は様々な仕掛けが巧妙に用意されている。2コーラス目の唐突な英語の歌詞は、日本語しか話せない人なら「なんて歌っているのだろう?」と確認したくなる。
前作のバラード「シングルベッド」をロングセラーにしたシャ乱Qが、次にこの曲を出したら売れない訳がない。「ズルい女」はオリコンウイークリーチャートで初登場9位、翌週は16位まで落ちたものの、そこから再浮上し発売約2ヶ月後に最高位である2位を記録した。この売れ方も “演歌っぽい” ものだった。
なお、「ズルい女」の2年後にシャ乱Qの主演映画(実質はつんくが主演)が公開された。タイトルは『シャ乱Qの演歌の花道』。この作品の劇中では、シャ乱Qのメンバーが作詞、作曲したオリジナルの演歌ナンバーが何曲も使用されていた。
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2022.10.29