リレー連載【昭和・平成の春うた】vol.3
ロビンソン / スピッツ
作詞:草野正宗
作曲:草野正宗
編曲:笹路正徳&スピッツ
発売:1995年4月5日
ついつい歌ってしまう「♪ルーララ 宇宙の風に乗る…」
この歌は、本当に春と仲良しだ。少し暖かくなってくると、ほんの少しボーッとした隙をついて、心から新芽のように顔を出す。歩いているとき、新しく出した春服をたたんでいるときなど、口からポロッと出てしまうのだ。「♪ルーララ 宇宙の風に乗る…」のあの部分が!
たまに駅など人が多い場所でもやってしまい、慌てて前後左右を確認し、口を抑えるはめになる。この “春、無意識にロビンソンを歌ってしまう現象” 、多くの人が経験しているのではなかろうか。いっそ脳科学者とか、専門の先生に分析してもらいたい。
もちろん私も好きな歌ではあるが、そうは言ってもヒットしたのは30年近く前。今ではラジオから流れるのを耳にするくらいだ。それでも決して心から離れない「ロビンソン」。無意識下に入り込む魔力のポイントは「♪ルララ」で間違いないだろう。
あの春風の香りとかやわらかさを3文字に凝縮したような「♪ルララ」に乗り、ポーンと歌の世界が戻ってくる感じ。誰かに聴かせたい気持ちもない。それどころか、自分すら歌おうと思って歌っていない。それでもふっと急に口から出てくる。歌えば、心が軽くなる。こんな無欲な精神状態で歌える歌はなかなかない。
「ロビンソン」というタイトルの奇跡
「♪ルララ」から生まれる無の境地感もすごいが、「ロビンソン」というタイトルも秀逸。歌詞に登場しないのに、私は長きに渡りまったく違和感なく受け入れていた。勝手に『ロビンソン漂流記』が由来だと思い込んでいたのである。草野マサムネさんがタイ旅行で印象に残っていた “ロビンソン百貨店” を仮タイトルにし、そのまま発表したというエピソードを目にした時は、エエッと驚いたものである。
なんとなく付けたにしては、あまりにもぴったりではないか。流れていく雲さながらの浮遊感と、不思議なスピード感を持つメロディ、風に飛んでどこかにいってしまいそうな、草野マサムネさんのハイトーンボイス。子どもの頃に読んだ覚えのある冒険物語の主人公の名前は、スピッツの持つ非現実な世界観を、より心地よい “夢” にしている。
そうなのだ。夢! そもそもこの曲全体に漂うのは、 “なんとなく” な空気。好きとかそばにいたいとか直接的な表現は一つもない。広がるのは、全世界が美しく、大切な意味を持つものに感じる “ポエムフィルター” を通して見た景色だ。ぼんやりふんわり、綿あめのように甘いのに、どこかひんやりとした “終わり” の感触もある。
まさに幸せの儚さ。永遠ではなく、一瞬で消えるからこそ美しいものがある――。「ロビンソン」のミュージックビデオは前編モノクロで、あの多幸感あふれる歌声と、薄いグレーな世界のミスマッチに、よけいそんなことを思いながら聴いていたものである。
1995年に必要だった “なんとなく” な心地よさ
この曲がリリースされた1995年は、戦後史の転換期。阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件、警察庁長官狙撃事件など、ドラマよりも残酷な現実を次々と見せられた年だ。「ロビンソン」をレコーディングしたのがまさに1月17日、阪神・淡路大震災が発生した日だったという。
「頑張ろう」という言葉すら疲弊して届かなかったあの時代。権威や順位ではっきり結果が出る昭和とはまた違う競争がはじまり、高い精神性や、努力だけではどうにもならないレベルの才能が必要だと思い込んでいた時代―― 。そんななか流れた “なんとなく、心地いい” スピッツの歌は、多くの人をホッとさせたのではなかろうか。
この歌がヒットした当時、シニアの男性が「ようわからん甘っちょろい歌」と言っていたのを聞いたことがある。なるほど、両想いか片思いの妄想か、フラれたあとの回想か、確かにわからない。この独特の甘さと繊細さは、カオスに突入していた世紀末の平成だからこそ生まれた、新感覚の癒しだったのかも。実際「ロビンソン」は162万枚を売り上げる大ヒットとなった。これは今のところ、スピッツの全シングルの売上枚数1位である。
難解な言葉や英語は一切なし、日常でよく使う聞き馴染みのあるモノや言葉が散らばっているのに、浮かんでくるテーマは抽象的。「ロビンソン」は、聴き手によってストーリーが違う。まさに心の世界を漂流しているみたい。儚いけど美しい、そして誰もさわれない特別な世界。
ふっとこの歌を口ずさんでしまうとき、案外、その扉を開いているのかも。「♪ルララ」はひらけゴマ的呪文なのかもしれないな、と思うのである。
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2024.03.15