デヴィッド・ボウイの大回顧展『DAVID BOWIE is』の東京展が残り12日となった2年前の2017年3月29日(水)、東京展会場の向かいの天王洲・寺田倉庫 G3ビルで、“DAVID BOWIE SPECIAL NIGHT Ryuichi Sakamoto Talk&Live” が開催された。
幸いにして観客の一人となった僕は、坂本龍一のピアノの弾き語りライヴでボウイ主演の映画『戦場のメリークリスマス』(1983年)のテーマ曲「Merry Christmas Mr. Lawrence」が演奏されるのを心待ちにしていた。
しかし本編終盤、教授(坂本)が弾き始めたのは耳馴染みがありながら違う曲だった。その曲はやはり『戦メリ』のサントラに収められている「Ride Ride Ride」。映画の中ではボウイ扮するセリアズの弟が歌っているのだがこの夜はピアノのみ。しかもこの曲は『戦メリ』サントラで「詩篇第23(23rd Psalm)」と並び、教授の作った曲ではないのだ。しかし次の瞬間、僕の頬を涙が伝っていた。そして涙していたのは僕だけではなかった。
映画でセリアズの弟は、くぐ背で背も伸びず学校でいじめを受けていた。この弟が奇麗なボーイソプラノで歌うのが「Ride Ride Ride」であった。短いながらも強く印象に残るこの曲を作ったのはニュージーランドで映画音楽を手掛ける作曲家ステファン・マッカーディー。『戦場のメリークリスマス』のロケが行われたニュージーランド現地のアソシエイトプロデューサーを通じてこの曲を作ることになったとのこと。僕も今回ネットで調べて初めてこの事実を知った。あまりにすんなりと耳に馴染んだので、既存の曲だとばかり思っていたのだ。
しかし佳い曲ながらも、教授は何故この曲をあえて選んだのだろう。そのヒントは野中モモの好著『デヴィッド・ボウイ ─ 変幻するカルト・スター』(ちくま新書)で見つけることが出来た。
映画の中でセリアズはいじめから弟を救えなかったことに罪の意識を抱き、これが戦場での過剰とも言える正義感に繋がっていくのだが、この罪の意識に、ボウイ自身が、若い頃彼に影響を与えながらその後精神病になってしまった実兄テリーへの想いを重ねていたというのだ。この共感が『戦メリ』でのボウイの熱演、延いては『戦メリ』の大成功に繋がったことは想像に難くない。映画ではやや長いかなとも思われたセリアズの弟に関する回想シーンには、実はボウイ自身にとっても重要な意味があったのだ。
恐らく教授はこの背景を知っていたか、もしくは感覚的に理解していてこの選曲に至ったのだろう。『DAVID BOWIE is』会場のすぐ隣りで弾くに値する一曲。教授自身この曲を披露したのは29年振りだったそう。僕がこの背景を知ったのは後のことではあったが、意表とツボの両方を突く選曲に思わず涙してしまったのだった。
続いて「Merry Christmas Mr.Lawrence」が披露されライヴ本編は終了した。結局この晩『戦メリ』からの曲はこの2曲。共演者でもある坂本龍一ならではの究極の選曲と言えるだろう。『DAVID BOWIE is』東京展の終幕を飾る至福の夜だったことは2年経っても未だに鮮明に思い出すことが出来る程である。
最後になりましたが、『戦場のメリークリスマス』でボウイと教授と共に火花を散らした内田裕也さんのご冥福を改めてお祈りします。
2019.03.29
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