東京のスタジオやライブハウスの熱気が伝わってくる「ストリート・キングダム」
1986年に発刊された地引雄一著『ストリート・キングダム 東京パンク / インディーズ・シーンの記録』(ミュージック・マガジン刊)は有難くも興味深いノンフィクションだった。1970年代後半〜1980年代前半の東京のスタジオやライブハウスの熱気が伝わってくる。当時田舎の中学〜高校生だった筆者には、『音楽専科』(音楽専科社)や『宝島』(宝島社)といった雑誌でしか触れることのできなかった世界。もちろん、地方暮らしでは音を聴くことも簡単ではない。遅れを取り戻すべく、上京してからこの本を手に入れた。
2026年、これを原作にした『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』が劇場公開されたが、こちらも情熱と熱気にあふれた素敵な青春映画になっていた。主人公は地引をモデルにしたカメラマン、ユーイチ(峯田和伸)で、彼の視点から当時の東京インディーズシーンの変遷が描かれる。ここでは実在のバンドが別名でフィーチャーされているが、中でも大きくクローズアップされているのはTOKAGEというバンド。“トカゲ”、すなわちリザードである。
ジャン=ジャック・バーネルに見出されデビューしたリザード
原作本でもリザードについては、他のどのバンドよりも多くの記述がなされている。筆者がリザードを聴いたのは1986年に上京してからで、数年前にリリースされていたメジャーデビュー盤。ラフィンノーズやザ・ウィラードといった当時のインディーズバンドが同世代としたら、リサードは年上で、なんだかかっこいいお兄さん的な位置づけだった。
カリスマ的なフロントマン、モモヨ(映画での役名はモモ)率いるリザードは、もともとは紅蜥蜴というバンド名だったが、1978年にリサードと改名。以後、東京ロッカーズと呼ばれたアンダーグランド・ムーブメントの中心的なバンドとして注目を集めていく。翌年には来日中だったストラングラーズのジャン=ジャック・バーネルに見出され、そのプロデュースでロンドン・レコーディングによるメジャーデビューアルバムをリリース。ロンドン滞在時には4か所でギグを行なった。
リザードという名の王国のキング
ここまでは順風満帆だったが、1980年になると雲行きが怪しくなってくる。ギタリスト、カツの突然の失踪とキーボーディスト、コウの脱退。これにショックを受けたモモヨは精神的に不安定になり、ドラッグ(原作によればヘロイン)に依存するようになる。もっとも、この依存時期は短期間で、モモヨはすぐに立ち直り、リザードを再生させる。しかし、ドラッグを絶ち3か月を経てから、モモヨは麻薬不法所持の罪で逮捕され、リザードはまたしても行き詰まってしまった。
この辺の経緯は映画の中でもざっと描かれているが、劇中には原作には記述のなかった描写も少なくない。その中でも印象に残るのは、ユーイチが獄中のモモに面会する場面。理想を抱いて音楽活動に入れ込んでいた時期を2年にわたって見ていたユーイチが、やる気を失ったモモを叱咤激励する。これが事実に即しているのかどうかはわからないが、一応のフィクションである映画にとっては、きわめて重要なシーンだ。
原作、そして映画のタイトルにあるキングダム、すなわち王国は、当時のストリートのカリスマたちが、それぞれに独立していたことの象徴。モモもまた音楽を武器にして、金にも権威にも縛られない自分の王国を築きかけていた。彼はリザードという名の王国のキングとして、君臨し続けることができるのか?
1980年代のインディーズシーンを駆け抜けた田口トモロヲ監督
映画の中核には当時のストリート・ロックシーンの熱気があるが、ドラマの中心となるのはユーイチとモモの友情だ。モモの実家であるレコード店に入り浸っては楽しい時間を過ごし、東京でしか鳴らせない音楽に夢を馳せる。そして、その音楽がロンドンでのギグというかたちで海を越えた、信じられないような現実。波乱を乗り越えたユーイチとモモが、一緒にそのときの音源を収めたカセットテープを聴いて笑い合うシーンに、筆者は不覚にも涙してしまった。
自身もパンクバンド、ばちかぶりを率いて1980年代のインディーズシーンを駆け抜けた田口トモロヲが監督を務め、当時の空気を再現した『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』。そのエモさにふれると、東京ロッカーズというシーンに興味を抱く方も少なくないはずだ。本作がリザードの再評価のきっかけとなることを願ってやまない。
ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。
▶ 公開日:2026年3月27日
▶ スタッフ:
・ 監督:田口トモロヲ
・ 原作:地引雄一「ストリート・キングダム」
・ 脚本:宮藤官九郎
・ 音楽:大友良英
▶ キャスト:
峯田和伸、若葉竜也、吉岡里帆、仲野太賀、間宮祥太朗、中島セナ、神野三鈴、浜野謙太、森岡龍、山岸門人、マギー、米村亮太朗、松浦祐也、渡辺大知、大森南朋、中村獅童
▶ 企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ
▶ ⓒ 2026 映画『ストリート・キングダム ⾃分の⾳を鳴らせ。』製作委員会
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2026.03.30