僕はカラオケが苦手だ。そもそも人前で歌うのが嫌だ。人の歌を聴かず、選曲に精を出しているのが変だ。曲が終わりかけるとようやく顔を上げて、とりあえず拍手するのもおざなりだ。知っている曲だと断りもお構いもなく一緒に歌いだすのがおかしい。
僕が子どもの頃のカラオケといえば、スピーカーとアンプを合わせた重くて四角い箱からマイクを延ばし、宴会でおじさんおばさんが演歌だかなんだか古い歌を歌うものと相場が決まっていた。あるいは花火のついたフルーツ盛りが出てくるスナックでおねえさんにおだてられたオヤジが額に汗してウケを狙うもの。
やがてテレビ画面がついて、歌詞が流れるようになった。いつの間にか専用のお店もできた。カラオケボックスも誕生した。3人も入ればぎゅうぎゅうの小さな箱のなかで大学生がヒット曲に酔い痴れた。そんな一億総カラオケ状態に僕は辟易していた。気がつけば映画にも侵入し、登場人物がカラオケを披露する。
『ブリジット・ジョーンズの日記』の冒頭、ワイン片手にパジャマ姿のブリジットが熱唱する「オール・バイ・マイセルフ」。ジェイミー・オニールという本物の歌手の声に、ブリジットが口パクで合わせる。その落差が笑いをそそる。これってカラオケのパロディでしょう?
分かり易い歌詞に想いのたけを託す。カラオケでさりげなく合図を送り告白をするあれも同じ。何とも気恥ずかしい。
僕がロックを聞き始めた頃、「ミッシング・ユー」という曲があった。ジョン・ウェイトという歌手が1曲だけ1週だけ全米1位を獲得した。
振られて未練タラタラの男心を歌っている。「君がいなくなってもちっとも寂しくない」と強がりながら、元カノの名に胸が締めつけられ、相手を思えば動悸に襲われ、別れた理由をいつまでも思い悩んでいる。ずばり情けない。
だがモテない中学生の僕は来る日も来る日もこの曲を聞き続けた。自然に歌詞を覚えた。当時カラオケがあったら愚行を犯していたかもしれない。
先日レコードの棚からこの曲の12インチを見つけた。日本限定盤。B面には「ユーロシマ(Euroshima)」と題された曲が収録されている。ヨーロッパと広島を掛け合わせたメッセージソング。政治性は疑うべくもない。ロック狂いの中学生が消費していいアーチストではなかったんじゃないか。そんな反省を胸にレコードをかけた僕は迷わず口パクで歌っていた。
2017.12.13
YouTube / JohnWaiteVEVO
YouTube / Don't Forget The Eighties
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