「DESIRE -情熱-」から始まった「ジゴロック」のステージ
2025年4月20日、雨模様の大分スポーツ公園で開催された大型野外フェス『ジゴロック2025〜大分 “地獄極楽” ROCK FESTIVAL〜』。59歳の中森明菜は前日に引き続き、小室哲哉の特別企画 “TK LEGENDARY WORKS” に出演。“あきな!あきな!” の大歓声の中、この「DESIRE -情熱-」から彼女のステージは始まった。
ステージ上には、ライブ初共演の小室哲哉と中森明菜のふたりだけ。そのビジュアルは、一部を緑色に染めた長いウエーブヘア、黒のジャケットとパンツには大きな赤い花の飾りがあしらわれ、足元はハイヒール。歌唱中のアクションはひかえめだが、その存在感は健在。客席から “ハーどっこい” の合いの手が入るとほのかに笑顔を見せ、客席に手を振る場面。レジェンドらしい2025年の明菜ワールドを見せつけた。
この日の模様は2025年7月、中森明菜60回目の誕生日にフジテレビTWOで放送された。番組内で小室哲哉は “きっといくら僕がレールを作っても結局中森明菜ワールドになると思います、絶対に。僕も楽しみにしています” と語っていたが、まさにその言葉の通りとなった。
日本の女性の強さを体現した20歳の中森明菜
さて、中森明菜の代表曲は何かと訊かれたら、私は「DESIRE -情熱-」だと答えたい。カラオケでも常に人気が高く、老若男女問わず多くの人に歌われており、彼女が育った東京都清瀬市にある、西武池袋線 清瀬駅の発車メロディーにも採用されている。多数のカバー音源が存在し、テレビの歌番組でも様々な歌手が披露している。異論があることはもちろん承知だが、彼女が表現者としていちばん脂が乗っている時期の “最高傑作” だと私は思っている。
1982年のデビュー当時から、他のアイドルとは違う雰囲気をまとい、歌唱力と卓越した表現力を磨き続け、圧倒的な存在感を見せてきた。幼少期からバレエを習い、洋邦問わず様々な音楽を聴いて育った彼女のセンスは高く、曲に合わせた衣装、アクセサリー、髪型、メイクやネイルも含めて彼女にしかできない世界観を持っている。
「DESIRE -情熱-」は、作曲家・鈴木キサブローの書いたメロディーに、山口百恵のヒット曲を多く手掛けた阿木曜子が歌詞を綴り、強く美しい日本女性が描かれた。コンセプトは女の情念。時代の女の子たちのやるせなさも映しつつ、中森明菜の魅力を120%出せる曲を、と制作された。
この曲がリリースされた1986年2月といえば、円高が進み日本が強くなっていった時期。そして、前年に成立された男女雇用機会均等法が施行される寸前。まさにそんな瞬間に、20歳の中森明菜はズドーン!と日本の女性の強さを体現したかのような作品を世に送り出した。もし、この曲のミュージックビデオが制作され、世界に向けて公開されていたらその後の中森明菜は、ひいては日本の芸能界はどうなっていたのだろう。そんな思いを馳せることがある。
衝撃だった中森明菜のセルフプロデュース力
中森明菜は出来上がった曲を聴いて衣装や振り付けで曲の世界観を自ら作り上げたという。初登場1位を獲得した1986年2月20日の『ザ・ベストテン』(TBS系)ではこのように語っている。
「はじめに(レコード)ジャケットで着物を着ようと思いまして、着物が好きなんです。ジャケットを着物でがんばったので、できれば衣装も着物に関したものにできたらな、と」
レコードジャケットではハーフアップでまっすぐロングヘアを下ろしていたが、テレビの歌番組では、黒髪ボブのウイッグに着物風の衣装を色違いで着用していた。アクションもつけて激しく歌う中森明菜はとても美しく、かっこいい。数ある彼女のパフォーマンスの中でも特筆すべきアクトのひとつだろう。
2024年1月にBS-TBSで放送された『中森明菜 女神の熱唱~新たな歌声&独占メッセージ~』という番組で、「DESIRE -情熱-」のレコーディング・ディレクターを務めた藤倉克己さんは彼女のセルフプロデュース力に衝撃を受けたと言う。
「僕がイメージしていたテレビ出演と、歌を含めた表現、全然越えてましたね。凄いと思いました。ビジュアルに関してすごい感性を持っている人だったので、全体で表現するって意味ではもちろん、一番大事な音も含めて、それを包むジャケットだったり、全部ひっくるめてパッケージでひとつの表現というふうに考えていた。そういう面では凄いプロデューサーなんだと思いますよ」
そして1986年12月31日、中森明菜はこの「DESIRE -情熱-」で第28回『日本レコード大賞』を受賞する。黒のスパンコールと金色の凝った織地の着物風衣装での歌唱。2年連続となる大賞受賞は女性初だ。そして、その直後に行われた『第37回NHK紅白歌合戦』では銀のおかっぱウィッグに白の振袖風の衣装、白の編み上げブーツ、帯には白い花を大量に背負い、ネイルも白色という出で立ち。サイバーパンクの世界からやってきたかのようなスタイリングは、2026年の今でも新しいのではないだろうか。
その後も中森明菜は自身のコンサートで「DESIRE -情熱-」を披露している。1989年4月によみうりランドEASTで行われたライブ『AKINA INDEX-XXIII The 8th Anniversary』では、黒のビスチェにレザー風ショートジャケット、スパンコールのついたパンツでの激しいアクションとロングトーン。ライブでの歌唱としてはこれがいちばん脂の乗ったパフォーマンスではないか。
それまでのテレビのスタジオでの歌唱においてはウイッグと着物風の衣装という、ビジュアルのインパクトが強かったが、風が強いこの日は、長い髪をポニーテールのアレンジ風に結い上げていた。野外ステージでバンドの演奏に乗って歌う中森明菜は、とてもノリがいいし踊りのキレもいい。歌っている間は憂いのある表情も見せていたが、最後のキメポーズ後の笑顔がとても魅力的だったのが印象に残っている。
以降も、中森明菜の歌う「DESIRE -情熱-」は、他の誰にも真似できない唯一無二の魅力で私たちを魅了してきた。20歳の中森明菜がすべてを表現したこの “最高傑作” は、1986年2月3日の発売からちょうど40年が経過した。これからも彼女は歌い続け、また歌い継がれていくことだろう。
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2026.02.03