50年という時を越えて改めて提示された山崎ハコのアーティスト性
長い間、行方不明となっていたファーストアルバム『飛・び・ま・す』(1975年)、およびセカンドアルバム『綱渡り』(1976年)のオリジナルマスターテープ、さらには新宿ロフトのオープニングセレモニーでの『こけら落としライブ』(1976年)の音源が発掘。本人も立ち会ってリマスターされたデラックス・エディションの再発盤が相次いで発表されたことで、初期の山崎ハコ(エレックレコード時代)のアーティストとしてのクオリティの高さ、そしてその音楽性の多彩さが、50年という時を越えて改めて提示されている。
これらの作品を聴き直すたびに《山崎ハコ=暗いフォーク》という思い込みが、いかに彼女の音楽の実像から遠いものだったかを痛感すると同時に、そのレッテルは彼女にとってだけでなく、世代を超えたリスナーたちにとっても、あまりにももったいなく感じてしまう。そして、そんな彼女への思いを、さらに強くしているのが、2026年7月8日に発売された『1975 デビューライブ 〜飛・び・ま・す』だ。
CD2枚にフル収録されたデビューライブの模様
このアルバムは、1975年9月26日に横浜市教育文化センターで行われた山崎ハコの『デビュー・リサイタル』をMC部分までも含めてCD2枚にフル収録したもので、今回が初めてのリリースとなる。山崎ハコのファーストアルバム『飛・び・ま・す』が発表されたのは1975年10月1日だったが、地元の神奈川県では先行して9月25日に発売されていた。そのため、この日のライブでは即売サイン会も行われたことが『1975 デビューライブ ~飛・び・ま・す』のライナーノーツに山崎ハコ自身が記している。
横浜市教育文化センターは、横浜市関内に1974年にオープンした複合文化施設で、館内には約530の客席を持つホールがあり、多くのコンサートが行われていた。この施設は2013年に閉館となり現在は解体されているが、デビューライブの時点では、神奈川県立県民ホールに次ぐ横浜の最新ホールだった。
リサイタルは2部構成で行われ、1部では7曲、2部では6曲、さらにアンコールで1曲の計14曲が演奏され、デビューアルバム『飛・び・ま・す』の収録曲は全曲披露されている。新宿ロフトの『こけら落としライブ』は、全編ギター弾き語りのソロライブだったけれど、こちらはリサイタルと銘打っているだけあって、アルバムに編曲・キーボードで参加していた佐藤準をはじめとするサポートメンバーが参加。レコードでのテイクにひけをとらない演奏を聴かせているところも聴きどころだ。
しっとりとしたギターのアルペジオ、そして情感たっぷりのボーカル
山崎ハコの弾き語りでスタートする1部の1曲目は『飛・び・ま・す』のオープニング曲である「望郷」。しっとりとしたギターのアルペジオ、そして情感たっぷりのボーカルでいきなり彼女の世界に引き込まれてしまう。これがデビューしたばかりの18歳の少女のパフォーマンスかと感心しているうちに、“横浜のある情景を歌にしました” と「橋向こうの家」に続く。アルペジオとストロークを使い分けながら、曲の情感を表現していく彼女のギターも印象的だ。
“新しい歌です” と紹介された3曲目は、セカンドアルバム『綱渡り』に収められる「ハーモニカ吹きの男」。ここからアコースティックギターで笛吹利明が加わる。デビュー作の『飛・び・ま・す』には参加していない笛吹だが、セカンドアルバム『綱渡り』では主要プレイヤーのひとりとして大活躍することになる。ここでもナチュラルなドライブ感の中に繊細な表情が伝わる素晴らしいアンサンブルを聴かせていた。ここで山崎ハコも、それまでとガラリと違うロックっぽいノリを感じさせるボーカルを聴かせ、4曲目のメランコリックな「竹とんぼ」では、表情豊かなアンサンブルがしなやかに彼女のボーカルを彩っていく。
笛吹利明と佐藤準が加わった第1部後半は、オープニングの弾き語りとは大きく表情を変えていく。アコースティックな匂いはあるけれど、いわゆるフォークの素朴さではなく、ハイセンスで洗練された良質のポップ・アンサンブルになっている。そんな演奏に応えるように、山崎ハコのボーカルもグッとエモーショナルさを増していく。しっとりしたバラードの「かざぐるま」に続く「ひまわり」(『綱渡り』収録曲)では、ジミー・スミス(ジャズ・オルガニスト)を思わせる佐藤準のキーボードと笛吹利明のギターによるジャジーな演奏に乗せて本格的なスキャットを披露するなど圧倒的な歌唱力を見せた後、「子守唄」で第1部を締めくくった。
本格的なロックスピリットを感じさせるダイナミックなステージ
DISC-2に収められた2部で、山崎ハコはさらに違う表情を見せていく。第1部ではギターを弾きながら歌っていたが、第2部ではハンドマイクでステージに立ち、笛吹利明、佐藤準に加えて、ギターに竹中尚人(char)、ベースに千代谷晃(元カルメン・マキ&OZ)、ドラムスに岡井大二(四人囃子)というトップメンバーによるリズムセクションがバックについた。
ブルージーな「さすらい」からスタートした第2部は、本格的なロックスピリットを感じさせるダイナミックなステージ。山崎ハコのボーカルも、ビート感あふれるサウンドとシンクロしながら想いを吐き出していくような迫力を感じさせる。そして、「気分を変えて」「影が見えない」、さらにライブでしか発表されていない「街」を挟んで「サヨナラの鐘」「飛びます」と『飛・び・ま・す』のレパートリーを畳みかけていくセットリストは、彼女の中に血肉化されているロックやブルースのスピリットを再確認させてくれるものだった。
エネルギッシュなバンドサウンドに呼応する存在感あふれるボーカルは、ロックボーカリストとしての圧倒的な存在感とともに、ロマンティックだったり、メランコリックだったり、アグレッシブだったりと、それぞれの曲が持つ情感をダイレクトに届けてくれる。そして、聴き手は自分の中で、彼女の声から伝わる情景やイメージを広げていく。そしてそれが山崎ハコの歌の説得力になっている。このライブでストレートに示されている山崎ハコの中にあるロックスピリットを、改めてより深く味わってみたいと強く感じる。
アンコールで演奏された曲は2回目となる「気分を変えて」。1回目の演奏よりもラフに聞こえる演奏からも、このライブに対する山崎ハコの思いの強さが感じられるようで感慨深い。なによりも、デビュー時点の山崎ハコがとてつもない逸材だったことが、このアルバムを聴けば分かる。そしてもうひとつ。僕が当時、山崎ハコに惹かれる決め手となった「サヨナラの鐘」の演奏が、やっぱり素晴らしかったこと。これもまた『1975 デビューライブ 〜飛・び・ま・す』の収穫だった。
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2026.07.08