2025年12月、山崎ハコの『飛・び・ま・す』デラックス・エディションがリリースされた。山崎ハコがこのファーストアルバムでエレックレコードからデビューしたのが1975年10月だから、これは彼女のデビュー50周年記念盤ということになる。この機会に現在に至るまでの音楽経歴を踏まえたインタビューを試みた。後編では、今回リイシューされた『飛・び・ま・す』の制作エピソードを中心に伺った。
山崎ハコの音楽性の多彩さがよくわかる「飛・び・ま・す」
山崎ハコがエレックレコードからデビューすることは、本人の知らないところで決まっていたようだ。ファーストアルバムに収録する楽曲も彼女が決めたのではなく、プロダクションの社長とエレックレコードのディレクターがデモテープから選曲した。
山崎ハコ(以下 山崎):プロダクションの社長はわりとワンマンだったけれど、エレックのディレクターは “なんでもハコのやりたいことを言ってみて” という人で、どういうふうにしたいか何でも聞いてくれたので、それは良かったと思います。
『飛・び・ま・す』には10曲が収められている。しっとりした曲、ブルージーなナンバー、そしてロックフィーリングあふれる曲など、バラエティも豊かで、彼女の音楽性の多彩さもよくわかる。当時はフォークシンガーとしてプッシュされた山崎ハコだけれど、ひとつのフィールドに収まるシンガーではないことは、このファーストアルバムを聴けば十分に伝わってくる。
山崎:「さすらい」なんかジャズですからね。この曲は歌と演奏を一緒にレコーディングしたものです。ドラムがポンタ(村上秀一)さんなので、ヤキソバ(ブラシ奏法)でもなんでもできるから、すごいジャズだと思いながらレコーディングしました。アルバムの2曲目にこんなの入れていいの? って思いながら。
この「さすらい」に限らず、『飛・び・ま・す』の魅力は楽曲の個性を最大限に表現するサウンドにもある。キーボードの佐藤準をはじめ、ドラムの村上 “ポンタ” 秀一、ベースの小原礼、高水健司、吉田健、ギターの竹中尚人(char)、大村憲司、吉川忠英、さらに安田裕美といったとびきりのプレイヤーたちが、山崎ハコの楽曲を生かすことに集中して、バラエティ豊かな楽曲の中でオリジナリティあふれる世界を描き出しているのだ。
山崎:当時私は、レコーディングについて何もわかっていなかったので、全てお任せでした。やっぱり佐藤準さんがいらっしゃたのが大きかったと思いますし、エレックというフォーク系の会社で出せたのも良かったかもしれない。最初がキャニオンレコード(現:ポニーキャニオン)だったらもっと派手なアルバムになっていたかもしれない。エレックだったから弾き語りもOKみたいなことがあったんじゃないかとも思うんです。
まだ高校生だった彼女にとって、初めてのレコーディング体験はまさにわからないことだらけだった。スタジオにはいてもミュージシャンとは基本的に別録音で、一緒には歌わせてはもらえない。先に録った演奏にあわせて小さなブースで1人で歌う。そんな慣れない環境で、家で歌うようにはうまく歌えないことに落ち込んだともいう。
山崎:でも「橋向こうの家」だけは、自分でギターを弾きながら録ったデモテープが本番のテイクになっているんです。この曲、実はアレンジャーの佐藤準さんが弦も入った映画音楽のようなきれいな音を作ってくださっていたんです。だけど、弾き語りのデモを聴いた準さんが “自分のはボツにしてください。こっちの方が良いから” って。
『飛・び・ま・す』は基本的に山崎ハコのオリジナル曲で構成されているが、ちょっと目を引くのが作詞作曲に小島伸夫とクレジットされている「かざぐるま」が収められていることだ。
山崎:この人について自分はまったく知らない人なんです。私が出たコンテストの主催者がプロダクションの社長なんですけど、社長はその前に横浜フォーク村を立ち上げたかったらしいんです。この周辺には小さいコンテストで目をつけたけれど、結局プロにならなかったグループがいくつかあって、その中で世に出せなかったいい曲をハコで出そうということで。私も聴いていいなと思ったので入れたんです。
アルバムタイトルが『飛・び・ま・す』なのに「飛びます」という収録曲があることも気になっていた。
山崎:私が「飛びます」って曲名をつけたら、曲名に “ですます" をつけるのは変だと周りから言われたんです。別のタイトルを考えてと言われたので、わざともっと変なタイトルを考えて『飛行』はどうですか、って持っていったら、これだったら『飛びます』の方がいいってことになったんです。
その後、アルバムのタイトルも『飛びます』にしようとスタッフから提案があったようだ。しかし、そのタイトルになった場合、アルバムのメイン曲が「飛びます」だと受け取られることは彼女にとって不本意だった。
山崎:だから、アルバムのタイトルは変えたいと言ったら、文字の間に点(中黒)を入れるのはどうかって。まだそういう言葉の使い方をしている人はいなかったし、それなら曲名と差がつくからっていうことでこうなったんです。私の中では、どれがアルバムの代表曲だというのは無いんです。みんな可愛いですから。
エレック時代の山崎ハコはシングル曲を出していない。当時のフォークシンガーはアルバムで勝負するという姿勢を強調したいという制作サイドの作戦だったのだろう。
山崎:でも、有線放送用に何枚も白盤のシングルをつくっているんですよ。それならシングルを出せばよかったのにね。私はシングルを出すことには賛成だったんです。たぶんエレックとプロデューサーが出さないことにしたんでしょうね。『飛・び・ま・す』の時だって、人気があった「気分を変えて」と「サヨナラの鐘」をシングルカットしていたら、その後の運命が変わっていたかもしれないですね。
デビュー当時の山崎ハコは、インタビューにもほとんど答えないほど無口で、ものごとに執着の無い神秘的な少女というイメージが強かった。しかし、それはプロデューサーによるキャラクターづくりの結果だったという。山崎ハコ自身はレコードを売ることに積極的だった。
山崎:アルバムを売ってください。そのかわりプロモーションになるのなら何でもやりますからって言ったんです。変わった子で出すって言われたら “はい”。フォークっぽく行くって言われたら “はい”。オシャレっぽく行くってなったら “はい” という感じで。それでもいいから、とにかく売ってくださいって言ったんです。
それは彼女の覚悟の現れだった。もしかしたら、これが人生の最後の1枚かもしれない。だからこそ、なんらかの形にしなければいけない。それは故郷の九州の人たちの期待にも応えなければならないという思いでもあった。
山崎:あんた歌手になって『NHK紅白歌合戦』に出られるようになりなさいって家族に言われているわけですよね。“テレビでも見かけないね” ってみんなに言われている。だから、テレビでは見ないけど売れてるんだ、という状態にしないといけない。だって私はそれだけのものを持ってる。と思っていたんです。
『飛・び・ま・す』は、まさに山崎ハコが持っているものを再認識すべきアルバムだ。さらに今回の『飛・び・ま・す(デラックス・エディション)』では、デビュー前のデモテープ音源と、1976年に行われた新宿ロフト『オープンセレモニー』での未発表ライブ音源が8曲収録されている。これによって、ライブアーティストとしての山崎ハコの原点も再確認できるので、聴き逃せない。
山崎:新宿ロフトの良い音源が見つかったんです。他にもソー・バッド・レビュー、ムーンライダース、矢野顕子、吉田美奈子、りりィ… いろんな人が日替わりで出ていて、みんなバンドでやってるのに、なぜ私だけ弾き語りかなあって。ほんとに1人だったんだよね。2時間40分くらいやっているけれど、この時はギブソンの小さいギターを弾いてるんです。それまで弾いていたギルドの重いギターで肩を痛めたんだ、きっと(笑)
ーー デビュー50周年を迎えた山崎ハコの興味深いエピソードが満載だった今回のインタビュー。今回デラックスエディションがリリースされる『飛・び・ま・す』の魅力が伝わったら何より嬉しく思う。
Information
山崎ハコ「飛・び・ま・す」(デラックス・エディション)
1975年 18歳での鮮烈なデビューアルバム『飛・び・ま・す』をオリジナルマスターテープから初リマスター。1976年 新宿ロフトオープン時の貴重なライブ音源と、1974年のデモ音源をDisc2.に追加収録。50周年記念デラックス・エディションとしてリリース!
▶︎ 価格:3,850(税込)
▶︎ 仕様:UHQCD 2枚組
▶︎ 山崎ハコ50周年リリース特設サイト
https://hakoyamasaki-50th.ponycanyon.co.jp/
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2026.02.01