日本は、太平洋戦争の終戦から80年の節目を迎えた。もはや第二次世界大戦を経験した人々はわずかになり、戦争の記憶を直接聞く機会も減ってきている。その一方で、世界では今なお戦火の中にある国々が存在する。そんな2025年、改めて戦争のことを考えるきっかけとして、戦争を扱った属性の異なる日本映画を5作品紹介したい。
二十四の瞳(1954年 / 監督:木下惠介)
戦争の恐怖を静かに描いた日本映画史に残る秀作壺井栄の同名小説の映画化作品である。この原作は、2025年時点で、2度の映画化、8度のテレビドラマ化、1度のテレビアニメ化がされている。いずれかの作品をご覧になった方も多いだろう。中でも、歴史的に評価が高いのが、原作発表の2年後、1954年に製作された映画だ。“日本映画名作ランキング” のような場では常連として必ず上位に入る。
瀬戸内海の小さな島にある分教場に赴任した新任教師・大石(高峰秀子)は、天真爛漫な12人の子どもたちと出会う。自転車で海沿いの道を駆け抜け、歌を歌い、笑い合い、ささやかな幸せが日々を彩っていく。しかし、時代はしだいに変わっていく。日中戦争から太平洋戦争へ。大石は子どもたちに豊かな人生を歩んでほしいと願うが、戦争の影は少しずつ、確実にその日常を蝕み、生徒たちの運命を狂わせていく。
本作は、名匠・木下惠介が所属していた松竹大船撮影所のカラーを色濃く反映している。市井のドラマと叙情性豊かな映像表現による、いわゆる “松竹大船調” と呼ばれる路線の代表作ともいえる。教師と教え子たちのかけがえのない時間が、いかにして破壊されていったかを、静かに、克明に描写する。軍隊も爆弾も戦闘機も登場しない。それだけに、戦争という漠然とした恐怖が、美しい瀬戸内の自然風景とは対照的な存在として、重苦しく伝わってくる。
人間の條件 3部作(1959~1961年 / 監督:小林正樹)
タイパを気にせず没入できる濃密な9時間30分超『人間の條件』は、五味川純平の同名長編小説(全6部)を、小林正樹監督が3部作として映画化した作品である。3部作は、1959年から1961年にかけて順次公開され、原作の第1・2部を『純愛篇・激怒篇』、第3・4部を『望郷篇・戦雲篇』、第5・6部を『死の脱出・曠野の彷徨』として映像化。3作あわせた上映時間は9時間30分を超える。たとえば『イカゲーム』シーズン3、全6話(約6時間6分)よりも長い。長いが、局面は次々と変わり、そこに、濃密な人間ドラマが途切れることなく展開される。
物語は、第二次世界大戦後期の満洲(現在の中国東北部)から始まる。日本は戦前よりこの地に “満洲国” を建て、開発と移民政策を推し進め、多くの民間人を送り込んでいた。主人公の梶(仲代達矢)もその1人で、現地の鉱山で労務管理にあたっていた。だが、強制的に連行された中国人たちは、劣悪な環境下で過酷な労働を強いられ、時に監督官や憲兵の暴力にもさらされていた。梶はその待遇改善に奔走するが、軍の論理に次第に押しつぶされていく。やがて “反軍的” と見なされ、懲罰的に徴兵された梶は、戦場へと送られる。兵士として命令に従いながら “人間として信念を貫くことの困難さ” に苦悩し続ける。
当時30代の仲代達矢が演じる梶の姿は、不条理に抗う人間の美しさを映し出している。約9時間30分は長くて短い。腰を据えて戦争に向き合いたい人にとって、まさにふさわしい3部作といえる。
戦場のメリークリスマス(1983年 / 監督・脚本:大島渚)
1980年代のポップカルチャーを感じる戦争映画『戦場のメリークリスマス』── 略して “戦メリ" である。海外資本も入っていることから、純粋な日本映画とはいえないが、1980年代に製作された作品としてあえて取り上げたい。
舞台は、太平洋戦争下で日本軍がジャワ島に設置した捕虜収容所。捕虜のイギリス将校ジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)、収容所所長のヨノイ大尉(坂本龍一)、通訳のロレンス(トム・コンティ)、粗暴なハラ軍曹(ビートたけし)は、それぞれの役割を背負い、ぶつかりながらも、不思議な共鳴を見せていく。しかし、価値観も言葉も異なる者たちは結局すれ違い、やがて命は失われていく。“メリークリスマス、ミスター・ローレンス” ──ハラ軍曹が放つこの一言が、奇妙な余韻を残す。
太平洋戦争の時代を描きながら、デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけしが共演し、1980年代ポップカルチャーの匂いも漂う。ストーリーは淡々と進み、派手な演出はないが、坂本龍一の音楽をバックに、戦争という異常事態の一つの局面が痛烈に表現される。
日本のいちばん長い日(1967年 / 監督:岡本喜八)
「シン・ゴジラ」とあわせて観たい実録終戦映画“太平洋戦争は、いかなる過程を経て終結したのか?”。このテーマを描いた東宝のオールスター群像劇である。三船敏郎、山村聡、笠智衆、志村喬、小林桂樹、加藤武、加東大介、島田正吾、宮口精二、新珠三千代、加山雄三といった錚々たるキャストが集結。1945年7月26日に発表されたポツダム宣言から、玉音放送に至るまでの流れを、史実に基づく実録スタイルで精緻に再現した。モノクロ映画であり、出演者は故人がほとんどなので、若い世代は、あたかも実際の戦時中の映像を観ているような気分になるかもしれない。
庵野秀明が総監督、樋口真嗣が監督を務めた『シン・ゴジラ』(2016年)には、この作品のオマージュ的要素が色濃く表れている。国家が災厄に直面し、政府、官僚、自衛隊がそれぞれの立場で苦慮する構造は、『日本のいちばん長い日』を現代的に再構成したものといえる。怪獣の襲撃こそないが、戦争、天変地異、パンデミックなど── 国家、人類の危機は、いつ、どのような形で訪れるかは誰にもわからない。静かにして凄烈なこの “終戦映画” は、現代にも通じる普遍的な問いを内包しているのだ。
世界大戦争(1961年 / 監督:松林宗恵)
まだ起きていない戦争と人類の破滅を描いた東宝特撮映画これは、東西冷戦を背景に、第二次世界大戦の次の世界戦争をモチーフとした東宝の異色作である。核戦争が勃発し、人類が自らの手で滅亡へと突き進む過程を、救いのない形で描く。東宝怪獣映画のように、政府などは登場するが、メインで描かれるのは市井の人々の暮らしである。
東京で暮らす運転手(フランキー堺)とその妻(乙羽信子)には、2人の子どもがいる。長女の冴子(星由里子)と船乗りの高野(宝田明)の結婚が決まり、家族は小さな幸福に包まれていた。穏やかなある日、冴子は恋人に戦争への不安を漏らした。すると高野は “日本は、火薬を使った攻撃を受けた最初の国であり(元寇)、世界で初めて原爆を投下された国でもあり(太平洋戦争)、さらに初めて水爆実験の被害を受けた国である(第五福竜丸事件)” といった趣旨の話をする。そして “そういう国に生まれた僕たち若い者は再び人類の上に戦争の不幸を招いちゃいけないんだ” と続けた──。
2人の幸せな時間は長くは続かなかった。世界的な緊張の高まるなかで、日本は戦争を放棄した国としての姿勢を貫いた。しかし、わずかなきっかけで戦争は現実となってしまう。第三次世界大戦が始まり、家族の日常も、未来も、すべてが奪われていく。絶望のなかでの “コウフクダッタネ” という過去形のメッセージが胸に突き刺さる。最終盤、円谷英二が担当したCGナシの特撮で描かれる世界のカタストロフィは、今なお観る者に強烈な衝撃を与える迫力だ。

ここに紹介した作品は、いずれも20世紀に作られたものである。過去の映画人たちが表現した戦争の姿を、2025年の夏に観ることで、当時は見えなかった何かが浮かび上がってくるのではないだろうか?
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2025.08.11