ウイングス全米ツアーの様子を丸ごと収めた映像作品「ロックショウ」
2025年の秋は、ビートルズファンにとってなかなか賑やかな季節だった。まず、ポール・マッカートニー&ウイングスの新しいベストアルバム『ウイングス』がリリースされた。ポールのソロ作品を含まないベスト盤は意外にも初めてのことであり、ポールのワンマングループと見られがちだったウイングスの、バンドとしての魅力を見直す久しぶりの機会であった。ところが直後にリリースされたビートルズの未発表音源集『アンソロジー4』に話題をさらわれてしまう形になってしまい……。
とはいえ、ウイングスの魅力はCD2枚組のベスト盤だけでは到底伝えきれない、というのもまた認めざるを得ないこと。ことにスタジオ録音の音源では、ポールの幅広い音楽性と冴えわたるポップス感覚を体現するためのユニットという面も強調されるため、いまひとつバンド感に欠ける場面も多い。あの名盤『バンド・オン・ザ・ラン』(1973年)の大部分が、ポールとその相棒、デニー・レインとの多重録音で成り立っていることを知ると、ますますバンドとしてのウイングスに疑いの目が向けられる。
そこでぜひ観なおしていただきたいのが、ウイングスの代表的なライブ映像作品『ロックショウ』である。ウイングスが紛れもないロックバンドであり、ライブバンドであったことを今に伝えてくれる第一級の史料だ。1981年の初公開以来、長らくビデオとレーザーディスクでしか観ることができず、ファンのコレクターズアイテムと化していたこの作品がようやくBlu-ray化されて気軽に観られるようになったのが2013年。さすがにこの時はリバイバル公開やイベント上映などである程度の盛り上がりを見せたものの、まだまだ観ていない人も多いのではないだろうか。ウイングスがビートルズ以上に、見て楽しい、聴いて楽しいバンドであることを再確認させてくれるのはもちろん、これから観る人たちに新鮮な驚きを与えてくれるはずだ。
舞台裏映像を一切含まないストイックな内容
1971年に結成されたウイングスは、ポール&リンダの夫婦に、ムーディー・ブルースの初期メンバーだったデニー・レインの3人をコアメンバーに据えて活動していた。ドラマーとギタリストがなかなか定着せず、1981年にデニーの脱退で事実上の解散に至るまで何度か大きなメンバーチェンジがあり、その都度新しいサウンドを聴かせてくれていた。
『ロックショウ』は1976年、バンドの世界的な成功を引っさげて行われた全米ツアーの様子を丸ごと収めた映像作品である。このツアーで収録されたライブアルバム『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』とまったく曲目が同じ(収録会場、テイクは異なる)で、インタビューやリハーサルなどの舞台裏映像を一切含まないストイックな内容ゆえ、ライブアルバムの映像版という紹介のされ方もよくされるのだが、なかなかどうして、作品を観たあとでは、ライブアルバムのほうが映画のサウンドトラックに思えてくる。
ポールが「ヴィーナス・アンド・マース」を歌う場面からスタート
2時間を超えるライブ映像は、シャボン玉が舞い、フラッシュが炊かれる幻想的なムードのなか「ヴィーナス・アンド・マース」をポールが静かに歌い出す場面から始まる。「ロック・ショー」でいきなりギアがトップに入ると、そのまま立て続けに「ジェット」になだれこむ。ポールの得意技であるシャウトを伴ったハイトーンボイスが序盤から連発。全盛期ならではのパワフルな導入だ。
いろいろと見解の相違があるとは思うが、ウイングスでのポールの歌声はビートルズ時代よりもずっと艶があり、高音もよく伸びていると思っている。ビジュアルに関してもポール以下、各メンバーの衣装や髪型にもよく気が配られている。ポールはイギリスから出てくるやいなや時代のアイドルとなり、どんな格好をしても社会現象になってしまうので、ビートルズ末期のあたりは何を着ていいかわからなかったのではないか。そういう時期を経てのウイングスである。レーザービームとスモークを駆使した、いかにも1970年代SF映画のエフェクトを思わせる舞台効果もビートルズ時代には当然なかった演出だ。
ポール、リンダ、デニー、3人の声が揃ってこそのウイングス
『ロックショウ』の見どころのひとつは、ポールの絶好調ぶりもさることながら、相棒デニー・レインの献身的なサポートが映像によってさらに感じられることだ。デニーは基本的にはダブルネックのギター(Ibanez…日本製!)を抱えているのだが、ポールが曲に合わせてピアノに向かえば彼の代わりにベースを弾き、リンダと背中合わせになって2人でキーボードも弾く。実はポールに負けず劣らずのマルチプレイヤーのデニー。アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』をほぼ2人で仕上げた実力がここで生きてくる。
そしてムーディー・ブルース時代のヒット曲「ゴー・ナウ」の再演。今度はデニーがピアノを弾き語るのだが、キーボードのリンダがタンバリンを持って前に出て、ポールと2人で1本のマイクを分け合いコーラスをする。夫婦のツーショットが見られるのはこの時だけ。なんて憎いやつなんだ、デニー。映像で見ると、ポール、リンダ、デニー、3人の声が揃ってこそのウイングスなんだ、という感慨もまた倍増する。
CDやレコードを聴くだけではわからないライブバンドの魅力を記録
現在もツアーを続け、次の来日はまだかと期待されているポール・マッカートニー。これまでのソロ公演を観た人ならわかるだろう。序盤で「ジェット」のように声を伸ばす曲を歌い、「レット・ミー・ロール・イット」でゆったりとシャウトして喉の調子を整え、間にアコースティック・コーナーを挟み、終盤で「バンド・オン・ザ・ラン」。
時代によってレパートリーの入れ替わりはあれど、この時のセットリストの流れが現在も概ね守られている。今では大サービスで何曲もビートルズ・ナンバーを歌ってくれるポールだが、この頃はまだビートルズの解散から日も浅かった頃。代表曲「イエスタデイ」を歌う時にはポールも観客も、ほんの少し緊張感が漂っている。
そんな雰囲気も含めて、とうとう日本でコンサートをしないまま解散してしまったウイングスのステージの様子をこうして我々が知ることができるのも『ロックショウ』のおかげ。CDやレコードを聴くだけではわからないライブバンドの魅力を記録したこの作品は、後の時代になればなるほど価値が高まっていくことだろう。
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2026.01.16