3月6日

戦士は誰がために戦う?石森章太郎のライフワーク「サイボーグ009」

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神はディテールに宿る! 漫画家たちの梁山泊、トキワ荘


2020年7月7日、東京は豊島区南長崎に、かつて “漫画家たちの梁山泊” と謳われた木造アパート「トキワ荘」を復元した「トキワ荘マンガミュージアム」が開館した。

トキワ荘と言えば、漫画の神様・手塚治虫を筆頭に、藤子不二雄、石森章太郎(いずれも当時の表記)、赤塚不二夫ら巨匠たちが若い時分に入居し、互いに切磋琢磨しつつ、数々のヒット作を生み出した伝説の館として知られる。同ミュージアムはそれを外壁の質感から内部の構造まで細部に渡ってリアルに復元したものである。見どころは2階部分で、階段から廊下、そして10室あった部屋の内部に至るまで、実に見事に再現されている。そう、神はディテールに宿る。

同施設が作られたのは、昨年行われる予定だった東京オリンピック・パラリンピックに合わせて、海外から “漫画の聖地” を訪れる観光客目当てだったという。そう、今や “MANGA” は世界共通語。僕ら日本人が思っている以上に、日本の漫画文化や歴史に興味のある外国人は多い。コロナがなければ、同施設は連日、国内外の観光客であふれていただろう。

いち早くブレイクを果たし、卵たちを牽引した石森章太郎


さて、トキワ荘――
僕らはいくつかの点で誤解していることがある。漫画の神様を慕って、若き卵たちが同アパートに入居したように思いがちだが、実は手塚治虫が退去した後に、卵たちは入居している。だから両者は一緒に暮らしてはいない。ちなみに、手塚先生が使っていた部屋を譲り受けたのが藤子不二雄の2人である。

そして、年齢――
漫画の神様と若き卵たちというと、両者は随分と年が離れているように思われがちだが―― これは手塚先生が生前、2歳、年を上にサバを読んでいたことにも起因するが―― 神様と藤子不二雄の2人は5歳しか違わない。そして、赤塚不二夫はその2歳下で、石森章太郎はそこから更に3歳下。つまり藤子不二雄と石森章太郎は5歳も違う。なんとなく同世代のように思いがちだが、結構開きがある。

極めつけは石森章太郎のポジションだ。藤子・赤塚と同格のように考えてしまうが、少なくともトキワ荘時代は、最年少ながら、いち早くブレイクを果たし、卵たちを牽引する立場だった。赤塚不二夫は売れない時分はずっと石森のアシスタントをしていたという。

そう、石森章太郎――
今回のリマインダーは石森先生の話である。1985年からペンネームを石ノ森へ改名するが、今回取り上げるのはその前の話であり、敢えて昔の表記で通させてもらう。奇しくも今日、1月28日は、今から23年前の1998年に先生が亡くなられた命日にあたる。

石森章太郎、漫画家デビュー! 高校2年で訪れた転機


本名・小野寺章太郎。1938年1月、宮城県は登米郡石森町(現・宮城県登米市)の生まれである。そう、ペンネームの「石森」は生まれ故郷に由来する。少年時代は映画監督を志すが、当時の子供たちの通過儀礼というか、ご多分に漏れず、手塚治虫の『新寶島』に出会い、たちまち漫画の神様に心酔。漫画を描き始める。

中学2年の時には、早くも漫画雑誌の『漫画少年』に投稿を始め、たちまち頭角を現し、「宮城に天才あり」と呼ばれる。ちなみに、その投稿コーナーの講評を担当していたのが手塚治虫で、全国の漫画少年たちは神様に認めてもらおうと、こぞって作品を送った。その中で石森と並んで掲載される常連だったのが、藤子不二雄の2人や赤塚不二夫、後にトキワ荘の兄貴分となる寺田ヒロオ、そして松本零士や楳図かずおらだった。

石森少年が高校2年の時、転機が訪れる。なんと漫画の神様から「シゴトヲテツダッテホシイ」と、宮城の実家に電報が届いたのだ。少年は飛びあがらんばかりに喜び、高校を一時休学して上京する。神様がカンヅメになっている旅館に着くと、挨拶もそこそこに『鉄腕アトム』の背景を描き始めたという。そして、この時の実績が認められ、石森少年は神様の紹介で『漫画少年』に連載を持つ。時に高2の冬―― 漫画家・石森章太郎のデビューである。

意外と短い? トキワ荘伝説の時代


そう、この時点で石森は手塚先生の信頼も厚く、ライバルたちから頭ひとつ抜けていた。後年、手塚が初めて手掛けるアニメーション映画『西遊記』で、多忙な神様に代わり、東映動画に手塚のアシスタントの月岡貞夫と共に “人質” として派遣されたのも、信頼の証しだった。

1956年4月、高校を卒業した石森は満を持して上京する。そして、投稿仲間の赤塚不二夫と共にトキワ荘に入居する。既に藤子不二雄の2人は2年前から住んでおり、ここからトキワ荘の伝説が本格的に始まる。もう、お気づきと思うが、トキワ荘から漫画界のスターが育ったのではない。漫画界の若きエリートたちが、トキワ荘に集ったのだ。いわば、そこはエリート養成機関だった。

トキワ荘時代の話は割愛する。共に上京した2歳上の姉を亡くした話や、ライバルたちとの抱腹絶倒のエピソードは、藤子不二雄Ⓐ先生の『まんが道』をはじめ、数々の文献に詳しい。ひとつ言えるのは、1961年には藤子・赤塚・石森らはトキワ荘を退去しており、意外と伝説の時代は短い。

石森章太郎のライフワーク「サイボーグ009」が斬新といわれる理由とは


さて、トキワ荘を出て3年後の1964年―― 石森先生にとってライフワークとも呼べる作品が生まれる。『サイボーグ009』である。

 吹きすさぶ風が よく似合う
 九人の戦鬼と ひとのいう
 だが我々は 愛のため
 戦い忘れた ひとのため

――『サイボーグ009』と言えば、リマインダー世代には、“アニメ奇跡の年”の1979年にテレビ朝日系で放映を開始したアニメ作品が馴染み深いだろう。先に記した歌詞は、そのオープニングテーマ「誰がために(たがために)」である。作詞・石森章太郎 、作曲・平尾昌晃、編曲・すぎやまこういち、歌・成田賢。

名曲である。なんたって石森先生自ら手掛けた詞がいい。文語調に “誰” を “た”と読ませるのが格調高いし、「009」というワードを使わず「サイボーグ戦士」で通すのも粋である。そこに平尾先生の珠玉のメロディが乗り、すぎやま先生の硬派なアレンジが包み込む。極めつけはグループサウンズ出身の成田サンの個性的な歌声だ。

同シリーズは石森先生のライフワークと言う通り、色々な意味で斬新である。まず、掲載誌は『少年キング』(少年画報社)をはじめ、『少年マガジン』(講談社)、『冒険王』(秋田書店)、『COM』(虫プロ商事)、『週刊少女コミック』(小学館)等々、出版社を跨いで多岐に渡り、シリーズも全8期に渡る。連載期間も1964年から1986年までと、実に22年を数える。

そして、そのキャラクターの先進性だ。今でこそ、ハリウッドで作られるチームものの映画などには、性別や人種のバランスに配慮したキャラクター構成が求められるが、『009』には日本人をはじめ、アメリカ人、フランス人、ドイツ人、ネイティブアメリカン、中国人、イギリス人、アフリカ出身―― と、実に多様。年齢構成も赤ん坊からおじいさんまで幅広い。

009と002の死… 物議を醸したラストシーン


実は、『009』は漫画『ドラえもん』や映画『さらば宇宙戦艦ヤマト』と同様、原作漫画で一度終わっている。いや、正確には、009と002が命を落とすのだ。第2期の「地下帝国ヨミ編」がそう。コミックの第7巻に相当し、同シリーズ最高傑作と評される。このラストシーンで、宇宙で敵を倒した009と002だが、地球の重力に引き寄せられ、抱き合ったまま大気圏に吸い込まれる。そして――流れ星となる。この時、地上では年の離れた姉と弟が願いごとをしている。

「あっ、ほら…… あれ!」
「ながれ星!」
「きれい」
「うん」
「カズちゃん、何を祈ったの?」
「えへへ、おもちゃのライフル銃がほしいってさ」
「まあ、呆れた」
「じゃ、お姉ちゃんは?」
「あたし? あたしはね、世界に戦争がなくなりますように…… 世界中の人が仲良く、平和に暮らせますようにって…… 祈ったわ」

物語はここで終わる。皮肉にも、009と002の “死” が、地上にいる姉妹には希望の光に映ったのだ。この壮絶なラストシーンは当時、大いに物議を醸した。そして、読者からの「ジョーを生き返らせて」との要望が殺到し―― シリーズは存続が決まる。同シリーズが石森先生のライフワークとなるのは、この事件がキッカケである。

009のラストシーンは立派なクリエイティブ


実はこのラストシーン、もうひとつ、別の観点からも物議を醸した。SF作家の大家、レイ・ブラッドベリの短編『万華鏡』のラストシーンに酷似しているという。まぁ、僕は優れたエンタテインメントとは、過去の作品をオマージュし、それをアップデートする作業だと思っているので、『009』の伝説のラストシーンは立派なクリエイティブだと確信している。だが、世の中にはそう思わない人もいる。

 涙で渡る 血の大河
 夢みて走る 死の荒野
 サイボーグ戦士 誰がために戦う
 サイボーグ戦士 誰がために戦う

結局、石森先生は同シリーズの最終回を描くことなく、病に倒れ、手塚先生と同じく、60歳でこの世を去った。

“サイボーグ戦士 誰がために戦う”―― もしかしたら、石森先生は9人の結末を読み手に「誰のために戦うのか?」と疑問形で委ねようとしたのではないだろうか。死してなお、姉弟に夢を与えたあの時と同じように。

今度は、自らの死をもって。



2021.01.28
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カタリベ
1967年生まれ
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