1968年 11月29日

劇画家 さいとう・たかをが「ゴルゴ13」と「鬼平犯科帳」で伝えたかったこと(前編)

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さいとう・たかをの劇画「ゴルゴ13」の連載が始まった日
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今なお継続中の劇画界の金字塔「ゴルゴ13」


私も勘違いしていたのだが、世の “マンガ” の中でもいわゆる “劇画” と呼ばれるジャンルについて、その違いを画風によるものだと思っている人は多いと思う。人物も背景もデフォルメせずにリアルに描き、例えば高い所から人が地面に落ちるシーンでは、地面に人型の穴が開くのが “マンガ” なら、骨折などの大けがを負うのが “劇画”… というものだ。

だが日本を代表する劇画家、さいとう・たかを氏によれば、劇画とはあくまで「ドラマ仕立ての漫画」のことであり、その定義に照らせば、要はストーリー性があるかどうかの違い… ということだ。

すると今、世に出ている漫画のほとんどは “劇画” じゃないか… ということになってしまうが、さにあらず。

氏が言わんとしていることは、作画の進行とは別に原作や脚本のようなものがあるのかどうか―― ということなのだ。この9月24日で、その “劇画の父” ともいうべき、さいとう・たかを氏が亡くなってちょうど一年となる。

彼がデビューした1955年当時、漫画といえば、風刺やお笑いが中心で、ストーリーがある作品は、まだ手塚治虫など少数の作家の手によるものだった。彼の下で学んだトキワ荘の面々が活躍するのは、まだ少し後のことだ。もともと映画マニアであった彼は手塚作品に衝撃を受け「漫画だったら自分が得意な絵で映画と同じことができる」思い立ってこの道を志す。

1960年には「さいとう・プロダクション」を立ち上げ、早くも漫画制作における分業制を確立しようとした。脚本、構成、作画と役割を分け、作画も人物と背景を分ける―― まさに映画づくりに基づいた発想であった。

劇画にはリアリティがなければならない。前出の例に沿えば、どの程度の高所から人が落ちたら、果たしてどんなケガを負うのか、膝か、足首か、大腿骨か… 多岐にわたる教養と徹底したリサーチが不可欠だ。壮大なストーリーや最先端の技術が描かれるなら尚更のこと、一人で賄うには自ずと限界が生じる。これら諸々の課題を克服すべく体制を整え、いよいよそれが軌道に乗った頃、一つの傑作として結実する―― 1968年から今なお継続中の劇画界の金字塔『ゴルゴ13』の連載開始である。

徹底して追求したリアリティ。読者に向き合うことで生まれた「ゴルゴ13」


さいとう・プロでは主に青年誌向けのマンガを作り続けた。それはまだキャリアをスタートさせて間もない頃、漫画が流通するメディアが主に貸本屋で展開する単行本がメインだったことに起因する。彼らは店を訪れる客層を観察し、読者に若い労働者層が多いことをふまえ、彼らに好まれるアクション物の作品を作ることに注力した。だから我々世代が初めてさいとう作品に触れたのは、少年誌に進出する1960年代後半、少年マガジンに連載されていた時代劇『無用ノ介』か、1972年に特撮ドラマ化されて有名になった『バロム・1』あたりだと思う。

『ゴルゴ13』は半世紀を超える稀代のロングセラーではあるが、我々が日常的に読むようになるには、さらに10年余りを要しただろう。

その間もゴルゴ13こと主人公のデューク東郷が暗躍する国際社会も情勢が大きく変わり、その様々な局面に “仕事” の依頼主が現れる。彼は不可能を可能にする完全無欠のスナイパーだが、決して殺人鬼だというわけではない。ターゲットは人物とは限らず、求められる難度が極めて高い。たとえば高層ビルの最上階で眺めまわされる世界一のダイヤだったり、伝書鳩の足に巻かれたマイクロチップだったり、アイスホッケーのプレー中に放たれるパックであったり…、世界中の何時如何なる場所であっても、必ず何かを撃ち砕くために予告なく現れ、去っていく。決して表舞台に現れないからこそ、また現実に存在するかも知れないと思わせるリアリティがそこにはある。

ゴルゴ13というキャラクターには時代を超越してきた存在感があって、既に作品を離れ読者一人一人の中に棲みついている。現実に世界の要人や国際手配犯が狙撃されるような事件があったりすると、皆彼の存在を思い浮かべることだろう。さいとう氏も当初はゴルゴ13を評して「よく言うことをきく役者」とコメントしたことがあったが、晩年には「作家の手を離れ、読者のものになった」と語っている。そして事実、作者亡き後も読者が求め続ける限り連載は続いている。氏が確立した “協業” 体制は、図らずも自身が亡くなることで完成形を見たのである。

デューク東郷の生き方、言葉に込められた劇画家さいとう・たかをの想い


『ゴルゴ13』の主人公、デューク東郷の魅力の一つとして、プロフェッショナルとしての意識の高さから度々発せられる名セリフがある。例として挙げれば――

「利き腕を人に預けるほど俺は自信家じゃない。だから握手という習慣も俺にはない」
「(プロである条件とは)10%の才能と20%の努力、30%の臆病さと残り40%は運だろう」

―― と語るシーンなどが数多いが、その中でもさいとう氏が作品に込めた思いをゴルゴのセリフに投影させたと思われるシーンがある。

ある時CIAの画策によって、テロリストたちが一か所におびき寄せられて互いに殺し合うよう仕向けられるのだが、陰謀に気付いたゴルゴはこれを阻止。幹部が主張する “アメリカの正義” に対して彼は「その “正義” とやらは、お前たちだけの正義じゃないのか?」と言い放つ。物事には常に逆の立場の見方があり、一方の視点だけで善悪を問うべきではない。ゴルゴ13が特定の顧客を持たないというのは、自らの課した掟のひとつだ。

世界中どの立場にある者も顧客となり得るが、逆に言えば誰からも追われる可能性もある。ゴルゴ13は “狙撃” という技術を売り歩く私企業のようなものだ。世界を渡り歩くということはそのバランスを保ちながら、タイトロープの上を歩いているも同然である。所が変われば法も変わるし、国家は彼を守ってはくれない。その時、正義の在処、事の善悪を他者の価値観に委ねることはできない。頼れるのは己自身だ。

さいとう氏は作家としての立場で「人々が時代に乗っかった形で正義や悪を考えてしまうこと」に対して警鐘を鳴らしている。自身で必要な情報を集め、自分で考え、己の価値観で判断すること。情報過多ともいわれるこの時代に流されず生き抜くためには、時としてデューク東郷のように自身の言動に一貫性を持ち、腹を括った生き方がまた必要なのだ。



『劇画家 さいとう・たかをが「ゴルゴ13」と「鬼平犯科帳」で伝えたかったこと(後編)』につづく

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