「ワタシハ America ノ Memphis カラ キマシタ」
物腰は柔らかいが、目にどこか確固たる意志のようなものを感じさせるその初老の女性は、僕たち高校生の前でそう自己紹介をした。
僕の通っていた高校に、新たな英語ネイティブの先生がやって来たのだ! 当時僕は高校二年生。その先生の授業は週に二回。かなりハードなものだったことは、今でもよく覚えている。
例えば、先生が録画して来た日本のお笑い番組を見せる。僕らはそれを見て当然笑うわけだが、先生は笑わない。生徒達は動揺する。
「私に、なぜあなた達が笑っているのか、説明してください」
同級生が日本語でごまかそうとすると、すぐに「ノー・ジャパニーズ!」と怒られる。なかなか「おっかない」先生だった。
そんな厳しい先生の課題で「好きな映画をクラスのみんなに紹介しなさい」というものがあった。アメリカの学校で云うところの “Show and Tell” だ。当時から鼻持ちのならない映画好きの僕は考えた。「先生はメンフィス出身…… あの映画しかない!」
そして僕はジャームッシュの『ミステリー・トレイン』で発表をしたのだった。
作品の中心はメンフィスのホテル。3つの章に分けられていて、ひょんなことから皆そこに泊まることになる。ジョー・ストラマーやスクリーミン・J・ホーキンス、そして工藤夕貴、永瀬正敏らが出演したこの映画(トム・ウェイツもラジオDJとして声だけで出演)には、メンフィスの生んだ音楽 ――つまりブルース、サンレコードのロカビリー、スタックスレコードのソウル―― で溢れている。
高校生だった当時、それほどメンフィスから発信された音楽に詳しくなかった。しかし映画の中で「エルヴィス」と仲間に呼ばれているジョー・ストラマーのことが大好きだったので、そのことについて発表したように記憶している(彼はエルヴィスというあだ名を嫌い「カール・パーキンス・ジュニアと呼んでくれ」と言うのもポイントだ)。
先生のリアクションは凄まじかった。何しろ先生は映画のロケーションで使われたホテルのそばで生まれ育ったと言うのだ! 映画でも登場する、ホテルのはす向かいの交差点にあるレストランは「アーケード・レストラン」というそうで「ロカビリーに夢中で、よくここで彼氏に会ってからビールストリート(メンフィスの繁華街)へ一緒に遊びに行ったの!」などと早口に話してくれたのを覚えている。なんと先生は生粋の「ロカビリーガール」だったのだ。
その口調からは、自分の故郷とその音楽に対する素直な愛と、誇りが感じられた。そしてあたかもメンフィスという町自体を撮ったかのような、ジャームッシュの作品への愛と彼への感謝が滲み出ていた。先生の早口は聞き取るのが難しかったが、「愛」は伝わるものだ。
それはこの作品に出演した永瀬正敏も、あるインタビューで語っていた。英語はそれほどできなかったが、ジャームッシュとは音楽への「愛」で通じ合えていたという。
この映画の出演の話が来たのは、ちょうど永瀬の親友・ヒルビリーバップスの宮城宗典の自殺のすぐ後だったそうで、「彼の音楽を愛する魂が僕とあなたを繋いでくれたに違いない」とジャームッシュに話すと、監督はそれに応え「亡くなった彼も君と一緒にメンフィスに今、居るに違いないよ」と語ったそうだ。素晴らしいエピソードだ。
翌週の授業後、先生から僕は『ミステリー・トレイン』のサウンドトラックのLPを貰った。プレイヤーなど持っているはずがなかったが、多分先生はそれもわかっていてのことだったのだろう。そんなメンフィス人の「ファンキーさ」が知られたのも、ジャームッシュの映画の結んだ縁であったのかも知れない。
2017.08.02
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