10月2日

ニール・ヤングの自由と孤独、80年代を締め括った巨大なエネルギーの爆発!

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ニール・ヤングのアルバム「フリーダム」が米国でリリースされた日
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photo:Warner Music Japan  

ニール・ヤングを初めて聴いたのは、『ライヴエイド』の時だった。アコースティックギターを弾きながら、「シュガー・マウンテン」を歌っていた姿を覚えている。僕は高校1年で、その容姿も含めてとても地味に感じられた。でも、鋭い眼光だけは印象に残った。

だからだろう。しばらくして、僕はニール・ヤングのレコードを買うことになる。それは『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』という、1970年にリリースされたアルバムだった。この繊細で穏やかな音楽は、16歳の僕を強烈に惹き付けた。以来、ニール・ヤングは常に僕の興味の対象であり続けている。

でも、80年代の諸作にはなかなか手が伸びなかった。というのも、どれも評判が芳しくなかったからだ。「まさかのテクノ」、「今さらロカビリー」、「退屈なカントリー」、「凡庸なロック」と、実際はいい作品もあるのに、結構ひどい言われようだった。でも、どのレビューもニール・ヤングを見捨てているとは感じなかった。「このオヤジはどうしちゃったんだ?」という戸惑いに、「本当はこんなもんじゃないんだけどなぁ」というニュアンスが滲んでいたからだと思う。

そうしたモヤモヤした空気を一掃したのが、1989年10月にリリースされた『フリーダム』だった。

“フリーダム” という言葉は、ニール・ヤングを語る上で、常に重要なキーワードとされてきた。僕が『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』の穏やかな音楽性から感じ取ったのも、何ものにも縛られない生き方に含まれた自由と孤独だった。ニールはそうしたやるせない気持ちや、泣き出したくなるような切なさを、誰よりも上手に表現してみせる。アコースティックでもエレクトリックでも、その本質は変わらない。

『フリーダム』には、「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」の2種類のヴァージョンが収められている。オープニングがアコースティックで、クロージングがエレクトリック。このアルバムを象徴する1曲と言えるだろう。演奏形態が異なるので、伝わってくるニュアンスは大分違うが、それでも胸を刺す痛みは同じものだ。

それは、不確かな希望に手を伸ばす時の、あのなんとも言えない気持ちに近い。心は不安に震えているけれど、勇気を振り絞って可能性に賭けてみたいと願っている。思えば、僕はいつだってそんな風に決めかねてばかりだ。

「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」は、最初のヴァージョンでこのささくれた心と寄り添い、僕らと苦悩を共有する。でも、アルバムの最後には意を決して、行動を起こすのだ。刻まれるエレクトリックギターの力強いリズム。地鳴りのようなドラムが、何かを押し流すように鳴り響いた瞬間、巨大なエネルギーの爆発を感じる。そして、自分にもきっと何かできるはずだと思う。だから、ニール・ヤングの音楽は悲しくないのだろう。

どんなに切なく、やるせないとしても。

『フリーダム』では、この2つのヴァージョンに挟まれた10曲が、感情の揺れに沿って起伏の線を描いてゆく。「ハンギン・オン・ア・リム」や「サムデイ」など、美しいメロディーをもった曲も多い。歌詞の多くは比喩的だから、聴き手が自由に感じ取ればいい。政治的な引用を含んだ「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」でも、それは同じだと思う。

重要なのは、オープニングで燻っていた感情が、ラストでポジティヴな爆発を起こす構成にある。そこで初めて僕らはスタートラインに立つことになるからだ。

90年代に入ると、ニールは「グランジの父」と呼ばれ、世界中の若いミュージシャンからリスペクトを集めることになる。それは轟音ギターという共通項があったからだけでなく、時代にもメジャーカンパニーにも媚びないスピリットに、多くの若者が憧れを抱いたからに他ならない。

ニール・ヤングは、やると決めたら迷わなかった。まさかのテクノであろうと、今さらロカビリーであろうと、退屈なカントリーであろうと、凡庸なロックであろうと、誰に何を言われようがやり切ってきた。

そんなニールの80年代を、ファンの多くは戸惑いながらも、胸の奥では信じていたのだろう。そして、最後の最後でその気持ちが報われた時、ニールがこの10年間でやってきたことの本当の意味を、初めて理解できたのかもしれない。

つまり、やり切るということ。自由に。

キープ・オン・ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド。

2018.11.12
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宮井章裕
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