連載【教養としてのポップミュージック】vol.19 / 映画からヒット曲が生まれていた時代!音楽と一体だったハリウッド名作5選(1970年代まで)
映画発のヒット曲ってどんなのがあった? 先日ふと気付いたのだが、最近、世界的に見て映画発のヒット曲が減っている。もしかしたら僕の気のせいかもしれないし、もちろん、ディズニーアニメを除いてという但し書きが付くのは言うまでもないが、実際にネット上で調べてみたら、そのことを分析している人もいたので、おそらく事実なのだろう。
あまり昔の話を持ち出すのは、おっさん臭くて好きではないが、少なくとも20世紀の映画には、その作品を象徴するような音楽が付き物だった。そこで今回は、そもそも、映画発のヒット曲ってどんなのがあった? を探っていきたい。ただ、ちょっと見ただけでも無数の作品が存在していて収拾つきそうにないので、取りあえず時系列に、1970年代以前、1980年代、1990年代以降の3回に分けて記していこう。
今回は1970年代以前に発表された映画・楽曲から5作品を紹介したい。ちなみに、筆者が生まれる前、まだ今日のようにはポップミュージック市場が形成されていなかった時代の作品、例えば1939年公開の『オズの魔法使』の「虹の彼方に」(Over The Rainbow)のような名作は対象から外しているので、その点はご了承願いたい。
【第5位】 『明日に向って撃て!』(1969年)より、B.J.トーマス 「雨にぬれても」 1970年1月3日から4週に渡って全米シングルチャート(Billboard Hot 100)1位を獲得。1970年代の音楽シーンはこの「雨にぬれても」(Raindrops Keep Fallin' on My Head)で幕を開けた。当時最強と言われたバート・バカラックとハル・デヴィッドのコンビが、この映画のために書き上げた楽曲である。実在した列車強盗コンビ、ブッチ(ポール・ニューマン)とサンダンス(ロバート・レッドフォード)の逃避行を題材にした西部劇で、この曲はブッチとエッタ(キャサリン・ロス)の自転車の2人乗りデートのシーンで流れる。
一般に、ケネディ大統領が暗殺された1963年から1970年代半ばまでの混乱期に制作され、自由に目覚めた一連のハリウッド映画をアメリカン・ニューシネマ(New Hollywood)と呼ぶが、この映画はその傑作の1つに挙げられる。さすがに半世紀以上前の映画なのでリアルタイムで観た人は少ないだろうが、団塊以降の世代であっても、あのラストシーンとこの曲を覚えている人は少なくないのではないかと思う。
VIDEO 【第4位】 『追憶』(1973年)より、バーブラ・ストライサンド 「追憶」 僕の世代だと、この「追憶」(The Way We Were)を聴いてネスカフェのコマーシャルを思い出す人がいるかもしれない。1974年2月2日付で全米シングルチャート1位を獲得。アカデミー主題歌賞とグラミー最優秀楽曲賞の両方を受賞した。
この映画はケイティー(バーブラ・ストライサンド)とハベル(ロバート・レッドフォード)が深く愛し合いながらも、生き方の違いから別れを選ぶ過程を20年にわたって追うラブストーリーだ。そのオープニングとエンディングで流れるこの曲は正真正銘の主題歌で、逆に言えば、この映画は壮大なミュージックビデオだったのかもしれない。当時のバーブラ・ストライサンドは、役者としてもシンガーとしても脂が乗っていて、受賞はできなかったものの、この映画でアカデミー主演女優賞にノミネートされており、まさに二刀流の活躍であった。
VIDEO 【第3位】 『黒いジャガー』(1971年)より、アイザック・ヘイズ 「黒いジャガーのテーマ」 ソングライター、プロデューサー、セッションミュージシャンと多彩な肩書と実績を持つアイザック・ヘイズが、この「黒いジャガーのテーマ」(Theme From Shaft)でシンガーとしての成功も手に入れ、俳優部門以外でオスカーを獲得した初のアフリカ系米国人となった。ワウワウを使ったイントロに時代を感じるものの、このスリリングなテーマ曲あってこその映画だろう。1971年11月20日付で全米シングルチャート1位。
この映画は、ブラックパワーの台頭と共に1970年代前半に流行した、主演もスタッフも黒人というブラックムービーの代表作だ。ダンディーな黒のレザーコートに身を包み、必殺のリボルバーを携えた黒人私立探偵シャフトの活躍を描いた軽快なアクションで、主演のリチャード・ラウンドトゥリーは、黒人初のアクションヒーロー、黒人版ジェームズ・ボンドなどと評された。なお、2000年にサミュエル・L・ジャクソン主演でリメイクされている。
VIDEO 【第2位】 『卒業』(1967年)より、サイモン&ガーファンクル 「ミセス・ロビンソン」 この映画では、全編に渡ってサイモン&ガーファンクルの美しいハーモニーがフィーチャーされている。この曲は当初「ミセス・ルーズベルト」というタイトルがつけられていたのが、映画に合わせて「ミセス・ロビンソン」になったのだそうだ。1968年6月1日付で全米シングルチャート1位を獲得し、その後グラミー最優秀レコード賞を受賞した。
アメリカン・ニューシネマの傑作、青春映画の金字塔などと評されるこの映画、優秀な成績で大学を卒業したベンジャミン(ダスティン・ホフマン)がロビンソン夫人(アン・バンクロフト)とその娘のエレイン(キャサリン・ロス)の間で揺れる物語だが、クライマックスの結婚式場から花嫁を奪い去るシーンがあまりにも有名。ただ、名シーンであるが故、ドラマやコントの中で必要以上に擦られ過ぎて、正直ちょっと食傷気味かも。
VIDEO 【第1位】 『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977年)より、ビー・ジーズ 「ステイン・アライヴ」 1978年2月4日付で全米シングルチャート1位を獲得したこの「ステイン・アライヴ」だけでなく、ビー・ジーズはこの映画から「愛はきらめきの中に」(How Deep Is Your Love)や「恋のナイト・フィーバー」(Night Fever)もNo.1の座に送り込んだ。サウンドトラックも全米アルバムチャート(Billboard 200)で24週連続1位を記録し、まさに、フィーバーの時代であった。
社会現象とも言うべき爆発的ヒットを記録したこの映画、今回紹介している他の4作品とは全く質感、空気感が異なっている。冴えない日常を送るトニー(ジョン・トラボルタ)は土曜の夜だけ、白く輝くスーツに身を包み、得意のダンスでディスコの帝王として脚光を浴びる。そんな彼のダンスに懸ける青春と情熱、そして成長を描いたこの作品、1970年代映画というよりは、むしろ1980年代のダンス映画ブームの先駆けと言った方がしっくり来る。とにもかくにも、ここから新しい時代が始まった。
VIDEO
映画と音楽は切っても切れない関係 とまあ、ここまで5つの楽曲・映画を見てきて解ったことが、少なくとも2つはある。1つは、音楽が映画にとって、必要不可欠な存在であるということ。もう1つは、映画と音楽は、時代を映す鏡であり、同時に、新しい時代の幕開けを後押しする役割も果たしているということ、そして、映画と音楽が一体となることで、こうした役割は更に大きくなっていくということである。
1つ目について言うと、そもそも音楽は、他のエンターテインメントとの相性が非常に良い。エンターテインメントには映画・映像、演劇・舞台、演芸・お笑い、舞踏・ダンスと色々あるが、中でも映画と音楽は切っても切れない関係性だろう。音楽は、映像が伝えようとしているメッセージや世界観を補完・増幅し、作品と観客をより強く結びつける役割を果たしている。また、メジャー音楽レーベルを抱えているソニー、ユニバーサル、ワーナーの3社全てがメジャー映画スタジオも経営していることを見ても、映画と音楽にはコンテンツ上のみならず、事業としての相乗効果(Synergy)があると考えられていることが判る。
時代の変化の中で巻き起こったディスコブーム、ダンス映画ブーム 2つ目の視点において重要なのは、1960年代後半から1970年代前半に生まれた作品の多くが、ベトナム反戦運動、そして同時期に勃興した黒人解放運動や女性解放運動等と共鳴し合いながら展開している点だ。それ故に、その時代の映画、音楽は自由なのに息苦しいというか、イマイチ心が晴れないというか、希望と閉塞感が入り混じった感じがする。
ところが、1975年にベトナム戦争が終結すると、一転して、より商業的で、良く言えば夢溢れる、悪く言えば子供っぽい娯楽映画が増えてきた。そして、このような時代の変化の中で、ディスコブーム、ダンス映画ブームが巻き起こったのである。この後、こうした新しい時代のムードを引きずりながら1980年代が始まるのだが、これについては次回また。
▶音楽理論のコラム一覧はこちら!
2026.04.16