1985年のプラザ合意をきっかけとして、86年頃に始まったといわれるバブル景気が一気に加速したのは、87年10月のブラックマンデー後、88年に入ってからだろう。ユーミンとバブルというテーマはこれまでにもさんざん語られてきたことだが、87年12月にリリースされた『ダイアモンドダストが消えぬまに』が、さらにその前作『ALARM a la mode』の穏やかなトーンから一変してのアグレッシヴさも時代背景が反映されたものとおぼしい。
さらに、この時期は音楽業界におけるパッケージソフトの主流がそれまでのレコードから CD へ、つまりアナログからデジタルへの移行期とも重なる。CDプレイヤーの普及率が一挙に進む中で、オーディオに詳しくない女子にとっては、30センチのレコード盤よりもずっとコンパクトな CD は扱いやすく、しかもお洒落で(あくまでも当時の感覚)、巧みに時代のトレンドが盛り込まれたユーミンの恋愛ソングを聴くには最適のツールとなったことも関係しているはず。
自分もユーミンのアルバム購入を LP から CD に切り替えたのはこの『Delight Slight Light KISS』からだった。ちなみに LP と同時に CD もリリースされるようになったのは85年11月の『DA・DI・DA』からで(ただし CD は一週間遅れだった)、『Delight Slight Light KISS』の次作となった89年11月の『LOVE WARS』が LP盤の発売はラストとなる。
テーマは純愛。バブルの象徴と呼ばれた松任谷由実が歌う恋愛の価値観
『Delight Slight Light KISS』のテーマは “純愛”。存在そのものがバブル景気の象徴と呼ばれるのに反して、それを否定するかの如く精神論を重んじた恋愛の価値観が表現されているのが興味深い。ブラント品に惹かれ、お洒落に着飾る反面、ピュアな恋愛に憧れる当時の OL や学生たちの琴線を刺激する歌たち。この辺りの細かい分析は同時代を過ごした女性の一人でエッセイスト、酒井順子氏の著書『ユーミンの罪』などに詳しいのであるが、個人的な想い出も加味して言わせてもらえば、当時の男子にとってもユーミンのアルバムは重要な恋愛ツールであった。
肝心のアルバム収録曲は三菱ミラージュの CMソングとしてテレビからも頻繁に流れていた「リフレインが叫んでる」をはじめ、幸福感に満ちた「Home Townへようこそ」、『オレたちひょうきん族』のエンディングテーマに使われた「恋はNo-return」、ラストに絶妙な余韻を残す「September Blue Moon」など、どの曲を聴いてもあの時代が甦えってくる。