1月22日

デビュー時からスーパースター!マライア・キャリーのマーケティング戦略とは?

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デビュー直後からスーパースターの座を駆け上がっていったマライア・キャリー


私がCBS・ソニー洋楽部門の責任者になった1990年、この年最大のプライオリティ・アーティストとして、マライア・キャリーが日本のマーケットに送り出されました。社名がSME(ソニー・ミュージックエンタテインメント)に変わる前年の出来事です。

ご存知のようにデビュー直後からスーパースターの座を駆け上がっていったマライアですが、デビュー音源が届いた当初、“これは凄いから、ガーンといきましょう!” という元気な声があったかというと、そうでもなかったのです。これは、他のレコード会社でもそうかも知れませんが、ロック系アーティストに対しては “これは絶対売れるからガンガンいきましょう!” とか、“絶対売りたいですね!” などの前向きな発言は出せても、こういう【大人の歌もの】 に対しては、なかなか大きな声を出しづらいものがあったようです。

宣伝当事者の立場になると分かるのですが、【大人の歌もの】は、ロック系と違って遥かに大きなサイレント・マジョリティのマーケットがあることがみな分かっています。また、ロック系にはコアユーザーの存在と彼らに強く結びついているメディアの存在がありますが、【大人の歌もの】は全てがグレーゾーンのユーザー。リーチできるメディアは幅広いもののそれぞれが浅く、露出効果も見つけにくいのです。メディアを稼働させることで宣伝活動をしているスタッフにとって、この攻め辛さがいまひとつ大きな声を出せなかった理由だったのでしょう。

今後の日米のリレーションにも大きく関わってくるマライアのブレイク


マライアはSONYのCBSレコーズ買収直後に就任した新社長(トミー・モトーラ)肝いりの超大型新人であり、スーパー・プライオリティとしてその発売が待たれているという情報も後から入ってきました。となると、本国では力づくでもヒットを狙うし、大当たりすることは間違いなさそうです。

アメリカン・ヒットチャートの影響を大きく受ける日本の洋楽マーケットです。しかもこの頃、世界第2位の音楽生産国と言われていた日本は、CBSレコーズを買収した親会社お膝元の洋楽部門として、ヨーロッパ各国に売上枚数で負けるわけにはいきません。彼女のブレイクを日本で成功させることは、今後の日米間リレーションに大きく関わってくるのです。このようなインターナショナルの外的要因の中では、ノルとかノラないのレベルではなく、こちらも覚悟を決めて最大プライオリティとしてやるという選択肢しかなかったのです。

やる!と決めたらもう開き直りです。会社公認で宣伝費も充分に確保し、メディアへも最大スケールの大量出稿を準備します。今時こういう表現も心苦しいものがありますが、開戦直後、空からの絨毯爆撃であらかたダメージを与えたあとに陸上部隊が乗り込んで敵を一掃する戦略と同じです。

実際、プロモーションを始めようとするタイミングでは、日本発売の8月末には既にアメリカでシングルがナンバーワンとなり、アルバムも3位まで上昇中でした。この情報で予想を遥かに上回る追い風が吹きまくりました。ロケットスタートが切れたのです。となると、発売前の弱気もどこかへいってみんな自信が溢れてきます。



マライアの素晴らしさや歌のうまさ、感動や驚きを日本のユーザーに伝えるには?


通常の基幹メディアであるFM局でのヘヴィローテーション、情報誌や大型女性誌などへの広告出稿やパブリシティ活動。そしてTVスポットなど全て最大スケールの展開が実行されましたが、いってみればこれはプロモーションの基本の動きです。大型メディアでの露出を狙うには、彼女の取材協力が必要不可欠なので、プロモーション来日を強く要請していましたが、本国の次はヨーロッパを優先しており、日本、パシフィック地区は後回しになっていました。

アメリカでの大ヒット、7オクターブの歌姫などの話題もあり、日本でも想定以上の売れ方をしましたが、我々のメインテーマである “アーティスト・デヴェロップメント” と言う意味ではまだ何もできてなかったのです。我々がマライアの生での歌唱を直に体験して、その素晴らしさや歌のうまさ、感動や驚きを日本のユーザーに直接伝えることが一番必要なことでした。

ロックバンドなら、アルバムを発表するとツアーが始まります。そうなるとライブ取材でアーティストの姿を正しく伝える事もできますが、マライアは新人のソロアクトで、ツアーはまだ先の話。生歌を聴ける機会はテレビ出演時しかありません。さすがにそこへはこちらから乗り込むこともできません。

新人でありながらすでにスーパースターであるというCBS新社長が決めた戦略


マーケットの中で熱く燃えているマライアの炎をさらに燃えたぎらせるには、もうこれしかありません。“日本に来ないなら、我々のためにアメリカでショーケースをやってください” と、強く要請をかけたのです。ここにメディア関係者を派遣するつもりです。

本音としては現地のコストも考えると、どこかのスタジオでバッキングトラックで歌ってくれれば写真や映像もおさえられて充分ではないかと思っていましたが、CBSからの返事では、“彼女はバッキングトラックでは歌わない。超一流ミュージシャンをバックにしての生パフォーマンスしかやらない” とのこと。

これはCBS新社長が決めた大事な戦略で、新人でありながらすでにスーパースターであるというイメージをつくるためのものであり、イギリスへ渡る時など、新人にもかかわらず、高額な費用がかかるコンコルドを利用しています。英CBSの知人が「コストが余計にかかっちゃったよ」とぼやいていたことを思い出します。

また、当時男性ヴォーカリストの最高峰にあったマイケル・ボルトンのステージで一緒にデュエットさせるなど、CBSとしては最高レベルで彼女を遇していたのです。超一流ミュージシャンを雇って生バンドで歌わせる、となるとどれだけコストがかかるのか分かりませんが、いまさら後には戻れません。

トータル25分、マライアのショーケース


そして1990年10月22日、ニューヨークのクラブ、Tatouで19時スタートという日時会場が提案されました。こちらは至急派遣する業界関係者を選びます。結果社員含めて総勢30名の大デレゲーションですが、この派遣した数、過去最大級のものでした。

151 East 50th Streetーー 会場のロケーションはまさにミッドタウン。この建物は、この時点で既に50年以上経っていた結構な年代物でしたが、ニューヨークでは古い建物ほど高級で人気があります。ステージ付きのシアター的カフェレストランとして新装オープンしたばかりで、まさにニューヨークらしいシックで豪華な内装。当然ながら男性はジャケット着用と、ドレスコードも厳しいものがあり、超一流の場所でしかパフォーマンスしないというマライアの戦略に相応しいものでした。

ディナーの後、日本人30名と地元メディア関係者を含む、総キャパ120名を前に、マライアのショーケースが始まりました。デビューから2曲続けてナンバーワンシングルになっているタイミングで、これだけでもCBSの戦略戦術は大成功していると分かります。この2曲を含め計5曲のパフォーマンス。トータル25分のステージでした。

べーシストは高名なるランディ・ジャクソン。彼はCBSの社員プロデューサーでもありました。彼をバンマスに、キーボードにはリチャード・ティーと、他メンツも有名人ばかりのバックミュージシャンを揃えていました。この時の映像は1曲を除いて彼女の最初の映像商品『ファースト・ヴィジョン』に収録されています。



翌年にミリオンセールスを達成


ライブの感想はと訊かれると困ってしまうのですが、このショーケースの仕切りとミュージシャンたちへのギャラの支払いとか、色々とやる事が多くてオーディエンスとして客観的に楽しめる余裕はなく、後から映像を観て、この時を思い出す始末でした。

この初生ライブのパブリシティが11月、12月と年末のレコード拡売期に露出され、アルバムセールスに拍車をかけ、翌年にミリオンセールスを達成しています。プロモーション来日が実現できない代わりにニューヨークでのショーケースを実現させたという出来事は、私の洋楽だけでなく音楽業界人生の中でも最大級の想い出であること間違いありません。

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2024.03.27
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カタリベ
1950年生まれ
喜久野俊和
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