名曲はアーティストの代表曲となるだけでなく、時にアーティスト自身の知名度すら凌駕してしまうこともある。80年代のジャパメタムーブメントにおける名曲「インパクト」は、まさにそんな楽曲のひとつだった。
「インパクト」を生み出したバンドの名はマリノ。彼らはアースシェイカー、44マグナムと並び関西3大メタルバンドと称され、重戦車の如き男臭いメタルは、玄人好みの存在感を放った。
野太い声質と野性的な風貌で熱く歌いあげるヴォーカル、吉田 “LEO” 隆。指弾きによる独特のフレーズを駆使するベース、鎌田学。幅広い曲調に的確な手数を繰り出すドラム、板倉淳。そして叙情的かつエモーショナルにストラトキャスターを自在に操るギターヒーロー、大谷令文(レイヴン)と、各メンバーの濃いキャラも際立っていた。「マリノの “インパクト” という曲が凄いらしい」バンド以上に楽曲が先行して、そんな評判を呼んだのも珍しい。
元々彼らのデモ音源でお披露目されたこの曲を僕が初めて聴いたのは、ジャパメタのオムニバスアルバム『バトル・オブ・メタル』。期待を膨らませて体験した「インパクト」は、典型的なジャパメタの曲調で、イントロのリフからAメロを経ていきなりサビ、といった曲展開が、少しシンプル過ぎる印象を受けた。1発録りの生々しい音像から、大谷レイヴンの評判通りのカリスマ性は感じたが、名曲と言われる所以まで、正直その時は理解できずにいた。しかし、何度か繰り返し聴いているうちに、次第に「クセに」なっている自分に気づいた。
何度も繰り返される群を抜く格好良さのメインリフ、適度に乗れるスピード感、すぐに一緒に歌えるほど印象的な特にサビのメロディと歌詞、聴かせ所たっぷりのギターソロ。日本のメタルバンドらしい侘び寂びも漂わせたこの曲には、これぞジャパメタ! といえるエッセンスが絶妙なバランスで凝縮されていたのである。
屈指のライヴバンドとしても定評のあった彼らは、ライヴのハイライトにやはり「インパクト」を演奏して評価を高めていき、84年4月には遂にメジャーデビューを果たす。デビューアルバムにも再度「インパクト」は収録されたが、中盤でのギターソロ廻りのアレンジが変わってしまい、オリジナルバージョンに劣っていた。初期の段階ですでに楽曲は完成形だったことは驚きである。
その後、彼等は他の日本勢が英米を目指す中で、当時としては異例のドイツを目指し、スコーピオンズのプロデューサー、ディーター・ダークス所有のスタジオでセカンド、さらにサードアルバムのレコーディングを敢行。スコーピオンズのメンバーから楽曲も提供され話題を呼んだ。
また、大谷レイヴンは並行して、ジェフ・ベック・グループのメンバーらを迎えたソロ作品を完成。メタルにとどまらない幅広い音楽性で、才能の高さを見せつけた。面白いところでは、サード収録の楽曲「ブレイク」が何とコーセー化粧品のテレビCMのタイアップに選ばれた。マリノと化粧品、意外過ぎる組み合わせに、僕もCMを見て驚いた記憶がある。
結局、マリノは更なる活躍が期待される最中、85年末をもって突然活動を休止してしまう。80年代後半も彼らが順調に活動していたならば、素晴らしい作品を残しながら、海外進出の可能性も十分あったに違いない。
その後、マリノは2002年に復活し、CDで過去の作品もようやく再リリースされた。改めて聴くと、当時の印象よりも今の方が断然良く、「マリノってこんなにいいバンドだったんだ!」と素直に思える。
あの頃高校生だった僕には理解できなかった男の哀愁や美学が、激しくも切ない楽曲の数々からひしひしと伝わってくるのだ。大人になってからこそわかる、深みを持つジャパメタ。これこそがマリノならではの魅力だ。
とりわけ「インパクト」は彼らの代名詞のみならず、ジャパメタムーブメントを象徴する代表曲として語り継がれていくだろう。
2017.12.20
YouTube / rouge red
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