4月20日

吉田秋生の傑作漫画「河よりも長くゆるやかに」北原ミレイと男子校生の青春白書

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photo:Shogakukan  

先日、久々に2017年に行われた作詞家・阿久悠の没後10年記念コンサートの録画を観た。

北原ミレイがステージに上がる。歌うは1970年のデビュー曲「ざんげの値打ちもない」。圧巻だ。

この日も母娘で大合唱をかまし、その後ふと吉田秋生の漫画『河よりも長くゆるやかに』が読みたくなった。


 あれは二月の 寒い夜
 やっと十四に なった頃
 窓にちらちら 雪が降り
 部屋はひえびえ 暗かった
 愛というのじゃ ないけれど
 私は抱かれて みたかった


15才の頃だったか、この漫画に北原ミレイを教わったのは。連載初回のエピソードタイトルが、歌詞からの一節「愛というのじゃないけれど」だった。漫画中、ラジオリクエストとして流れたり、何度も主人公が口ずさんだりする。歌詞の暗すぎる情念に引き込まれ、主人公の屈折に疑似共感してしまい、何だかやるせなかった。

『河よりも長くゆるやかに』は、1983年1月~1985年5月号まで、月刊少女漫画誌『プチフラワー』に連載された、米軍基地のある福生界隈を舞台に、男子校高校生のリアルで生臭い日常を描いた傑作青春(性春?)漫画だ。

主人公は、両親が離婚し、ホステスの姉と2人暮らしの進学校生、季邦(トシちゃん)。夜はバーテンをしたり、米兵に女性を紹介するなどしてお金を稼いでいる。
親友の同級生、深雪(みゆき)は、父(ゲイバー通いが趣味)がサラ金でぼろ儲けしているお金持ち。父のせいで自殺した人の存在も知っている。

2人ともヘヴィーな事情を抱えながら明るく青春を生きている。ナンパやセックスのことばかり考え、女の子の気持ちがわからなくて悩み、仲間にあんバターパン攻撃といったくだらない制裁を仕掛けてバカ騒ぎ。決して悲壮感はない。

高校が共学だった私にはそうした男子校の実態は全くわからず、なかなかに衝撃だった。そういえば30才頃に付き合った彼が、男子校時代はマジでエロのことしか考えなかったと言っていた。修学旅行のバスが女子校のバスとすれ違った時、全員が片方の席側に集中してしまい、バスが傾いたそうだ。アホか!(笑)。

初期はダークだった絵柄が、話が進むにつれ軽く明るくなっていくのがまた、景色が開けていくようでいい。現実を現実と受け止めるトシちゃんの目線は、決して感傷的にならない。そうしたバランスの良さは、作者のセンスゆえだろう。米軍基地や売春、ドラッグといったテーマが少女漫画として成り立ち、笑えて泣けて叙情的、なんて作品など他にない。

正義感やピュアネスと、現実を踏みしめ生き抜いていくタフさ。清濁。シリアスなのにリリカル、ヘビーなのにコミカル。アメリカへの憧れと諦念。アホとエロ。そうした相反する要素の数々が、この作品にアクセントを与えながら、独特のリズムと世界観を生み出している。

音楽ネタはまだまだ登場する。トシちゃんが自転車に乗りながら歌う「上海帰りのリル」や、みゆきと2人でゲイバーのバイトに駆り出されて女装で歌うシブがき隊。トシちゃんの彼女への誕生日プレゼントはユーミンのアルバム(たぶん「ボイジャー」)だし、部屋でのセックスの BGM はドナルド・フェイゲンの「ナイトフライ」。「ホール&オーツなどといういい男がいるバンドの選択はダメ」というト書きには爆笑した。

本作のハイライトは、トシちゃんとみゆきが橋の上で語り合う下記のシーンだ。


みゆき:あのさあ、人間的に年取ると苦しいことばっかだと思うか?
トシちゃん:別にそうとも限んないだろ
みゆき:この河だって上流の方行きゃきれいなんだよなあ。それがまあこんなに汚れちゃって
トシちゃん:でも海に近くなるじゃん。最初はさ、きれいかもしれないけど、流れも急だし幅も狭いだろ。
みゆき:まあな。
トシちゃん:でも海に近くなると、汚れはするけど深くて広くてゆったりと流れるじゃないか。
みゆき:どっちがいい?
トシちゃん:うん! そうだな。俺はどっちかっていうと…。


ページはこのままブツ切りで次のシーンに流れる。コマごとにどんどん近づく2人の距離感。トシちゃんは答えを出さない。みゆきも答えを出さない。漫画自体もとりたてて大きなエピソードはなく、物語にもオチはない。

読み手の私は考える。私はどっちだろう。遠い将来、海に近づいていく私はいったいどんな汚れ方をしているだろう。答えを出さなかったのは考え続けたいからかもしれない。

夢見る頃を過ぎても、続いていく日々の暮らし。誰もがガラスの靴を脱ぎ、裸足で砂利道の人生を歩く。変わらないわけにはいかない。歩みは誰にも止められない。


 そしてこうして 暗い夜
 年も忘れた 今日のこと
 街にゆらゆら 灯りつき
 みんな祈りを するときに
 ざんげの値打ちも ないけれど
 私は話して みたかった


漫画を読んだ当時は怖いと思った「ざんげの値打ちもない」を、今はカラオケの十八番にしている私がいる。

誰もが話してみたいのだ。汚れちまった悲しみを。口に出せない思い出を。例えざんげの値打ちなどなくても。

2019.06.10
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