リレー連載【パリ五輪開催記念】フランス関連音楽特集 vol.6
世界的ヒットとなったエマニエル夫人
元来の「インマヌエル」は旧約聖書に登場する人物の名で、ヘブライ語の2つの言葉、インマヌ(我らとともにいる)とエル(神)が組み合わさったもの。つまり、“神は我らとともに” を意味する名前である。以来、キリスト教徒のファーストネームによく用いられてきた神聖なワードなのだが、それが イマヌエル→ エマヌイルなどと変形した内のひとつ “エマニエル”が淫靡で官能的な言葉として独り歩きしてしまったのは、ひとえに映画『エマニエル夫人』の世界的なヒットによる。
原作者の名前もエマニュエル・アルサンだった。小説に基づいた映画はタイのバンコクを舞台にした外交官夫妻の物語で、シルビア・クリステル演じる美しい若妻が主人公。性的描写が多いながらも従来のポルノ映画とは一線を画しており、フランス映画ならではのソフトタッチの洒落た雰囲気が主に若い女性層に支持されて異例の観客動員を記録することになる。まだまだ未開だった性の解放を推進させるのに大きな役割を果たした。
日本でも大ヒットして社会現象にまで至る。1974年の映画公開当時、まだ小学4年生だった筆者でさえいろんな情報が見聞できるくらいだった。テレビでも盛んに話題にされ、小学生の解放区だったザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』のコントに採り上げられていたことからも、ブーム化していた様子が窺える。ちなみに自分が記憶しているそのコントは、”エマニエル” と “イモ煮える” をかけた他愛のない駄洒落で落としたものであったが。
ピエール・バシュレが手がけた音楽も作品の魅力を支えた大きな要素
エロティシズムを超えて芸術性が評価されがちなフランス映画の佳作として、女性客からの支持も集めた『エマニエル夫人』は、パリ育ちのピエール・バシュレが手がけた音楽も作品の魅力を支えた大きな要素のひとつである。ピエール自身が囁きかけるように歌った主題歌のサントラ盤シングルは大ヒットして、映画が紹介される際に欠かせない、作品のシンボルとなる。以降はテレビのバラエティ番組などでちょっとHなシーンに重ねられるメロディの定番としても、音効さん必携の音源となってゆく。
レコードも様々な楽団によるカバーなど関連盤が続々と登場した。当時発売された国内盤シングルは、ワーナーパイオニア(現:ワーナーミュージック)からのサントラ盤を筆頭に、コロムビアからはモデル兼歌手のフランス人、アンヌ・アンデルセンのカバーが出された。A面が安井かずみによる日本語版で、B面がフランス語版。日本語カバーはもうひとつ、自身で訳詞も手がけた杉本エマのカバーがエレックのグローバル・レーベルから出ている。レコードは “エマ” 名義になっていた。
ほか、オーケストラによるインストゥルメンタル盤は、レーモン・ルフェーブル(キング)、フランク・プゥルセル(東芝)、カラベリときらめくストリングス(ソニー)、パトリック・フランソワ(フィリップス)、トランペットのニニ・ロッソ、アルトサックスのファウスト・パペッティ(共にビクター)など、ほとんどがシルビア・クリステルが籐椅子に座っている有名なスチール写真がジャケットにあしらわれ、レコード店に並べられていたのだ。
日本では鹿間ケイが歌った日本語とフランス語のカバーも
ヒット作に不可欠な続篇では、音楽を大御所のフランシス・レイが担当し、遂にシルビア・クリステルが歌うサントラ盤がポリドールから発売された。ワーナーからは、フランシス・レイとマネージメントが一緒だったというティファニーによるカバー、日本では鹿間ケイが歌った日本語とフランス語のカバーもワーナーから。こちらの日本語詞は増永直子が訳している。RCAからはアンドレ・ポップオーケストラのカバー、ソニー盤は第1作の音楽とのカップリングという計らいで、アンサンブル・プチとスクリーン・ランド・オーケストラの演奏にシルビア・クリステルのセリフと囁きが添えられた。
どのレコードを見ても “本命盤” や “決定盤” と謳われた老舗の饅頭状態で、よほど吟味しなければサントラ盤に辿り着けなさそうなエマニエル合戦であった。さらには映画では使われていないシルビア・クリステルが歌ったイメージソング「エマニエルの囁き」なる盤もあってますますややこしい。この後、セルジュ・ゲンズブールが音楽を担当した第3作『さよならエマニエル夫人』をもって三部作は完結となるが、リアルタイムで全てのレコードを買っていたファンはさすがにいないだろう。
その後、1981年には、クラリオンのCM出演をきっかけにエマニエル坊や(=エマニエル・ルイス)と呼ばれたアメリカの俳優が日本でも人気者となったが、”エマニエル” の看板を上書きするまでには至らなかった。昭和を生きた日本人にとって、おそらく今でも “エマニエル” はエロの代名詞。滝川クリステルにちょっぴり不埒な感情を抱いてしまうのもどうか許して欲しい。
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2024.08.07