6月5日

ヴォーカリスト堀ちえみ「Lonely Universe」多彩なサウンドに負けない “うた” の魅力

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堀ちえみの音楽に対する真面目な姿勢


『Lonely Universe』は1985年6月5日に発表された堀ちえみのアルバム。オリジナルアルバムとしては8枚目(ライブアルバムを含む)にあたる。

堀ちえみは1981年のホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを受賞。翌年、「潮風の少女 / メルシ・ボク」でレコードデビューし、小泉今日子、中森明菜らとともに “花の82年組” のひとりとなった。しかし、堀ちえみは歌手としてスポットライトを浴びるというよりも、1983年のテレビドラマ『スチュワーデス物語』の大ヒットなどで女優として見られることも多かった。

1980年代のアイドルはテレビとの親和性が高く、バラエティをはじめとするさまざまな番組出演なども多かった。しかし堀ちえみの場合は、テレビ出演を新曲のプロモーションとして利用する歌手というよりも、むしろテレビタレントとして認知されることの方が多かったのではないかという気がする。しかし、堀ちえみ本人がもっとも力を入れていたのは音楽活動で、音楽を中心に活動を展開できることを望んでいたという。そんな音楽に対する真面目な姿勢は、彼女が発表してきたアルバムからも感じられる。

堀ちえみのデビューアルバム『少女』とセカンドアルバム『夢日記』ではトータルの編曲を鈴木茂が担当して、ギターを生かした爽やかさのあるポップなサウンドを打ち出していった。さらにサードアルバム『風のささやき』ではアレンジを全面的に鷺巣詩郎が担当してストリングスを巧みに使ったサウンドを聴かせるなど、より新しいポップミュージックへのアプローチが感じられる。

さらに作家陣にも、天野滋、竹内まりや、パンタ、伊藤銀次、高橋幸宏、NOBODYなど、ジャンルを越えて才能を起用していこうとする目配りが感じられる。こうした姿勢からも、堀ちえみのスタッフの音楽制作に対するスタンスが伺える。そして、こうした音楽的こだわりに対して、堀ちえみ自身も積極的に反応していたという。

『Lonely Universe』がリリースされたのは、こうした音楽的試行錯誤がひとサイクル終わったタイミングだったのではないかと思う。ニューミュージック的アプローチから、よりポップ性の強いサウンド、もちろんいわゆるアイドル歌謡的アプローチもおこないつつ、彼女がもっとも輝けるポジションを探ってきた経緯が、重ねられてきたアルバムから感じ取れるという気がする。

鈴木茂が全面的にアレンジを手掛けた「Lonely Universe」


『Lonely Universe』でなにより特徴的なのは、ファースト、セカンドアルバムの『少女』、『夢日記』以来の鈴木茂が全面的にアレンジを手掛けていることだ。ここまでの堀ちえみのアルバムは、いわゆる “シティポップス” と呼ばれるさまざまなエッセンスをブレンドしたキャッチーやポップサウンドをベースとしてきた。このアルバムでも全体的にはその枠の中にあるけれど、これまで以上にルーツミュージックのテイストを強く感じるサウンドとなっている。

たとえば原田真二が提供した一曲目の「Jimmy’s Girl」は、1963年のジョニー・シンバルの大ヒット曲「ミスターベースマン」を思わせるワイルドなジャングルビートが強烈な印象を与える。やはり原田真二の手による2曲目の「ミス・ロンリー・ユニヴァース」は80年代の電子的ビートを生かしたアイドルポップという印象が残る。さらに、3曲目の「Deadend Street GIRL」は先日惜しくも逝去されたシーナ&ザ・ロケッツの鮎川誠が作曲、ムーンライダーズの鈴木博文が作詞したロックンロール・ナンバー。オールドロックンローのテイストと80年代ビートとが程よくブレンドされたソリッドでインパクトのある曲だ。



さらにマニア心をくすぐるのが「白夜のDance」だ。作詞を鈴木博文、作曲を鈴木茂、矢野誠が手掛けているこの曲は、全編をスカビートで通しながら、サウンドを、ザ・スプートニクスに代表される1960年代の北欧ギター・インストゥルメンタルバンドのテイストで仕上げているのだ。南国のスカと北欧サウンドを合体させて心地よいサウンドに仕上げた力技にはちょっと脱帽だ。

この他にも、デジタルモータウンビートともいうべき「18のキャトルセゾン」(作曲:村田和人)、ザ・ビーチ・ボーイズ・テイストをデジタルビートでアレンジした「恋はNon Stop」(作曲:鈴木キサブロー)、さらには60年代初頭のギタリスト、デュアン・エディのトゥワンギーギターを彷彿とさせるギターリフが印象的な「ひとりぼっちたち」(作曲:村田和人)など、聴きやすくてポップだけれどヒネリのあるサウンドがアルバム全体を彩っている。いわばギター・サウンドのバリエーションが堪能できるアルバムという側面ももっているのだ。

多彩なギターサウンドに負けない堀ちえみの豊かな表情


しかし、『Lonely Universe』を輝かせている最大の要因は、堀ちえみのヴォーカルが多彩なギターサウンドに負けない豊かな表情をもっていることだと思う。デビュー以来、堀ちえみのヴォーカルには、変なクセのない素直さが感じられた。個人的な感想だけれど、そこが彼女の良さであると同時に、“花の82年組” のなかで、歌手としてはどちらかといえば目立たない存在という印象を持たれた要因なのではないかと思う。事実、初期の楽曲では、歌詞の世界観や感情を表現し切れずに、平板に聴こえてしまう楽曲もあったと感じられた。

そうした不満は『Lonely Universe』にはまったく感じられない。歌詞が描いている情感だけでなく、サウンドが醸し出す表情ともフィットしたヴォーカルを聴かせているのだ。とくにラストの「小さな密航者」のちょっと抑えた感情表現は見事だ。

『Lonely Universe』が、今聴いても新たな発見があり、時代に左右されない輝きがあるのは、ルーツミュージックと時代の音を融合させるというコンセプトが効果を挙げているから、そして堀ちえみのヴォーカルが、素直な伸びやかさという本来の魅力を失わずに聴き手の心を捉える説得力を獲得しているからだと思う。

これまで自分の音楽スタイルを見出すために試行錯誤してきた堀ちえみが、ひとつ螺旋を上がって自分がいるべき場所を見出したアルバムと言っていいのではないだろうか。

なお、今回リリースされた『堀ちえみ 40周年アニバーサリー CD / DVD-BOX』に入っている『Lonely Universe』には「リ・ボ・ン」「WA・ショイ!」などのシングル曲5曲(B面曲含む)とカラオケ3曲の計8曲というボーナストラックがついている。








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2023.02.16
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カタリベ
1948年生まれ
前田祥丈
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