夏うたを2026年の視点で再編集 vol.14
東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー / 小沢健二
小沢健二「LIFE」の圧倒的なリアリティ 1990年代の日本のポップミュージックを代表する金字塔、小沢健二のセカンドアルバム『LIFE』がリリースされたのは1994年8月31日。当時小沢は26歳。自身の青春を総括する意味で、この夏の終わりを象徴する日を選んだと思えてならない。本作は『LIFE』というタイトルに相応しく、小沢自身を取り巻く青春の日々を描いていた。筆者は彼と同学年で、同じく東京の似たような環境で青春時代を過ごしていたので、その圧倒的なリアリティにリリース当時深い共感を覚えた。それは “僕たちのアルバムだ” と思えるほどに強烈なものだった。そして、このアルバムには小沢が過ごした四季の移ろいが活写されているのも大きな特徴だ。
このアルバムのリードトラックとなった「愛し愛されて生きるのさ」で歌われる「♪夢から夢といつも醒めぬまま僕らは未来の世界へ駆けてく」という希望が満ち溢れたフレーズはおそらく春だろう。そして、「ぼくらが旅に出る理由」では「♪人気(ひとけ)のない秋の渚 ぼくらだけにひらける空」と歌い、「ドアをノックするのは誰だ?」は「♪寒い冬にダッフル・コート着た君と 原宿あたり風をきって歩いてる」と繰り返す。どの曲も等身大の視点からの多幸感が漲っている。
渋谷系の若者たちを体現しているサマーソング この『LIFE』に収録されている極上のサマーソングが「東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー」だ。この曲は『LIFE』の先行シングルとして「愛し愛されて生きるのさ」とのカップリングで同年の7月20日にリリース。表層的には、ひじょうに享楽的な歌ではあるが、どこか切ない。
また、アルバムのジャケットアートワークがスライ&ザ・ファミリー・ストーンの同名アルバム『ライフ』からのオマージュだったように、このアルバムは確信犯的な仕掛けの宝庫だった。「東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー」にしても、ブラジルのミュージシャン、ジルベルト・ジルの「挑発のサンバ(ボブ・ディランからボブ・マーリーまで)」(De Bob Dylan a Bob Marley um samba provocação)を大胆にオマージュ。サンバ的な趣があり、享楽的なイメージなのはそのせいもあるだろう。
そして、夏の始まりを予感させる躍動感のあるビートに乗せた歌詞のディティールは、まさしく渋谷系というレコード・カルチャーを主体とした都市型ムーブメントに身を置いた当時の若者たちを体現していた。
波打ち際走るあいだ
響くロックステディはゆるやかに
めんどくさいことも飛んでちゃうくらい
basslineにのって歌いましょ
ロックステディというのは1960年代後半に産まれたジャマイカの音楽で、レゲエの前身と言えばわかりやすいかもしれない。一般的にはマニアックなジャンルかもしれないが、音楽に密接した生活を送り、なおかつ深堀りをしている渋谷系の若者たちの趣向を表したフレーズだ。さらに「♪街でみんな夏の噂 僕たちのロマンスもバレてる」という一節からも、仲間内の恋愛事情が一番のトピックだった若かりし日々の日常を端的に表現している。
VIDEO しかし、2026年現在、この曲をノスタルジーで聴くのかと問えば、多くのリスナーは “NO” と答えるだろう。確かに珠玉の青春ソングである。しかし今ここに潜むものは懐かしさではなく、あの頃の自分が今の自分の心の中に何%残っているかという問いだと思う。そう、「東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー」はそんな試金石のような曲でもある。あの頃は良かったのではなく、あの頃があったから今の自分がある。そう思わせてくれる名曲ではないだろうか。そして小沢健二は歌う。
それでいつか僕と君が 齢を取ってからも
たまにゃ2人でお出かけしたいよ
「行きましょ」なんつって腕を組んで
それでいつか僕と君が 齢を取ってからも
恋の次第を覚えてたいよ
七色に輝くすてきなナイト・アンド・デイ
つづくのさ
この曲はこんなラストで終わるのだが、このフレーズを今聴くと、あの頃、切なさを感じながらも曖昧に思い描いた未来が、今は輪郭を帯びてきたことに気づかせてくれる。
「東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー」の普遍性 『LIFE』のリリースからちょうど30年後の2024年、このアルバムの再現ライブが日本武道館で行われた。その意義は、決して過去に寄りかかるものでも、ノスタルジーに惑わされるものでもなかった。あの頃の僕らの生活=『LIFE』が今の自分に息づいているかどうかを追求したものだった。そして、このポップミュージックの宝石箱のようなアルバムをどのように継承していくかという部分にも大きな意義があった。
サザンオールスターズの「いとしのエリー」や大滝詠一の「君は天然色」がそうであったように、青春の残像をリリックで詳細に描き、溢れんばかりのオマージュで彩られた名曲は普遍性を纏う。今から30年以上前の夏を描いた「東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー」にしてもそれは同様だ。時が経てもなお、リスナーの心にそれぞれのリアリティを育み、聴き継がれていくだろう。
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2026.07.29