2月

墜落と笑殺 — オレンジ・ジュースに学ぶ「皮肉な処世術」

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オレンジ・ジュースのデビューシングル「フォーリング・アンド・ラフィング」がリリースされた時期
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現在、スコットランド国立博物館でスコットランドのポップミュージックの歴史を回顧する展覧会『リップ・イット・アップ』(2018年6月22日~11月25日)が開催中だ。アズテック・カメラ、ベル・アンド・セバスチャン、ティーンエイジ・ファンクラブ、ザ・パステルズなどなど、挙げればキリがないほどの良質なインディーギターバンドを輩出してきた土地柄と、改めて思い知らされる。

ところで、この展覧会には「リップ・イット・アップ(引き裂け)」と烈しく扇情的なネーミングがなされている。これはグラスゴーのギターポップの歴史の新たな幕開けを告げた名門ポストカード・レコーズの中心的バンドであるオレンジ・ジュースのセカンドアルバム(及び同名楽曲)から取られたものだ。さらに付け足せば、そこで歌われた「引き裂いて、再始動だ(Rip it up and Start again)」という力強いフレーズは、音楽批評家サイモン・レイノルズの名著(邦題『ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984』)のタイトルにも引用されている。

しかし展覧会の HP を読む限り、なぜか元ネタのオレンジ・ジュースの「オ」の名前すら出てこない(ひねくれ?)。これはいかんというわけで、このコラムでは補足がてらこのバンドについて書いておきたい。

オレンジ・ジュースといえば「ヴェルヴェッツ・ミーツ・シック」(※注1)とも評された独特のサウンドで、70年代風のファンキーなグルーヴを感じさせながらも、インディー・ギターロックの醒めた知性を失わせない二本のリズムギターが特に印象的なバンドだ。一聴すると「ジャングル・ポップ」と呼びたくなるキラキラ鳴り響くギターサウンドだが、よく聴くと細切れにされた知的かつ構成的な音で、ドラマーのスティーヴン・ダリーは「ジャングリーというよりチョッピー」とそのサウンドを形容している。

またボーカルのエドウィン・コリンズのダンディーなんだか、腺病質なんだか分からない声―― ある音楽批評家曰く「恋に病んだスクールボーイの声」―― もバンドのオリジナリティーに相当貢献している(※注2)。名曲は数あれど、とりわけデビューシングルの「フォーリング・アンド・ラフィング」という一曲には、現代という不景気極まる… いっそ、おっんでしまいたくなるような憂世をサバイブするブリリアントな処世術が隠されている。そういうわけでこの曲に焦点を絞ってみたい。

先ほど名前を出したレイノルズの本の以下の評を見てほしい。ジョイ・ディヴィジョンの名曲「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」を隠し味にして(ちょっと小難しいが)良いことを書いている――

“オレンジ・ジュースのユーモアのセンスは抜群だ。彼らのデビュー・シングルのタイトルが「フォーリング・アンド・ラフィング(墜落と笑殺)」であったのはそういうわけだ。この曲の中でコリンズは恋の屈辱感への特効薬として、自身の不条理性のもつ陽気な感性を提示している――「自分自身を笑う以外に、他に何ができるって?」愛がまた君を引き裂く、何度も何度も、しかしオレンジ・ジュースの世界では、ハートブレイクは常に皮肉(quip)という追加注文サイドオーダーを伴ってやってくる”

ジョイ・ディヴィジョンとオレンジ・ジュースをネガ・ポジ反転させて並べる手つきに、僕など思わず膝を打った。落ちるところまでとことん落ちて、結局笑うことなく自ら命を絶ったイアン・カーティスの陥った袋小路からポストパンクを救出するために、エドウィン・コリンズは「ああ、僕って何て哀れ」と皮肉っぽく笑ってみせた。

「ラフィング」を「笑殺」と訳したのは、「辛いことも笑い殺してしまえ」という、そのあたりのニュアンスを汲み取りたかったからだ。

世界が一枚岩で動かし難いものだと思うとき、その世界は硬直して身動きが取れず、息ができないほどだ―― イアン・カーティスには間違いなく世界がそう見えていた。しかし皮肉や矛盾(表面的な意味の下にもう一つの意味を隠しこむ技術)を孕んだ笑い / 嗤いによって世界を二重化することができれば、それは救済となる。

「自分を笑う」という皮肉や、「辛すぎて笑える」という矛盾にこそ、現代を生きる術が隠されている。笑えなくなったとき、その人は修辞抜きに死ぬ。カーティスと同郷(マンチェスター)のペシミストでありながら、モリッシーがなぜ今日まで生き延びることができたかといえば、「ヘヴン・ノウズ(Heaven Knows I'm Miserable Now)」の悲喜劇じみたリリックに象徴されるように、彼にもコリンズ同様、世界を二重の相の下で捉える「皮肉な処世術」があったからだろう。要するに、以下のコリンズのリリックから何を学び取るかということだ。


Fall falling falling again
(落ちる 落ちる 落っこちる)

Cos I want to take
The pleasure with the pa-in pain pain pain pain pain pa-pa-pa-pa-pa-pa-pa-in
(なぜって 僕はこの無限の苦しみと共に 喜びを手に入れたいんだ)

Falling and laughing
(落っこちる それでも笑う)


彼らの「皮肉」な笑いに隠された処世術は、今なおその輝きを失っていない。



※注1:
エドウィン・コリンズは『1969~ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・ライヴ』をフラットの中で流し続けるほどには好きだったという。

※注2:
コリンズのボーカルに象徴される、「オレンジ・ジュースの誇張された弱々しさ(wimpiness)は、グラスゴーの音楽シーンの伝統的ブルース・ロックのマチズモ(フランキー・ミラー、ナザレス、ストーン・ザ・クロウズ)に対する反逆であったが、またジ・エクスプロイテッドのようなスコティッシュ・パンクのチンピラ風の厄介者たちに対する反逆でもあった。」(サイモン・レイノルズ『リップ・イット・アップ・アンド・スタート・アゲイン』より)


2018.09.27
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