みんな、心のどこかで “命” について考えたことがあると思う。生まれて、生きて、そしてその命はいつかなくなるということを。僕自身が最初に “命” のことを考えたのは、飼い犬が死んだときだった。
虹の向こう側へと旅立ってしまった愛犬ペス
1974年―― まだ小学2年生だった頃、これまで住んでいた団地から一軒家へ引っ越すことになった。僕は自分の部屋ができる!と大喜びした。庭付き一戸建てを構えた親もうれしかったに違いない。そして、親戚から一匹の子犬を引き取ることになったのだ。僕はその子犬に “ペス” と名付けた。
引っ越したばかりの頃は友だちも少なくて、見知らぬ土地へポーンと放り出された。そんなとき、友だちになってくれたのはペスだけだった。毎日毎日散歩に行き、ペスはその度にはしゃぎまわっていた。
どこへ行くのも一緒で、随分遠くまで散歩に行ったりもした。暗くなってから慌てて家に帰って怒られることもしばしば。燦々と光る太陽をものともせず、雪がチラつく凍えそうな日だって、ほんとういつも一緒だった。
ただ、1年経ち、2年経ち… 時が過ぎて中学生になると、僕はバスケット部の練習に追われる毎日になっていた。そうして、雨が降っているからとか、今日は暑いからとか、何かしら理由をつけては日々の散歩をおざなりにして、ペスと遊ばなくなっていった。その頃、すでにペスが重篤な病に侵されていたことなど、全く気付くことなく…。
―― 暫くして、ペスの病気が発覚。そこからさらに数週間… ある朝、僕が学校へ行った後、医者に強い薬を処方されていたペスは、その副作用に耐えられず、母に看取られながらそっと虹の向こう側へと旅立ってしまった。
イルカの死生観の原点、「いつか冷たい雨が」
その当時、フォークギターを習い始めた姉が1枚のレコードを手に入れていた。1979年にリリースされた、イルカの『いつか冷たい雨が』というアルバムである。ペスが死んだ夜、僕はこっそりとこのレコードを姉の部屋から持ち出して聴いた。
A面、そしてB面… 流れてくる優しいメロディーたち。最後にアルバムのタイトル曲「いつか冷たい雨が」が静かに流れ、そのメロディーと切ない歌詞に、僕は自然とペスと過ごした日々を重ねていた。涙はいつまでもいつまでも溢れ続け、いつしか声を上げて泣いていた。
もう役に立たなくなったら
すててしまったり
自分本位でかわいがったり
小さなオリに閉じ込めて
バカにしたり きたながったり
人間だけが えらいんだ
なんてことだけは思わないで下さい
この歌詞から強く伝わってくるイルカの思い、それはいわば彼女が考える死生観の原点のようで、曲のそこかしこに散りばめられたメッセージにはどれも心に迫るものがある。菜食主義者としても有名なイルカだけれど、ことさら生き物の “命” の大切さに敏感なのだ。
牛や鳥やおさかなも
人間の為にあるのよ
サァ残さずに食べなさい
そんな風に言うおかあさんには
なりたくありません
でも私だって
食べて育って来たのだし
虫だって 殺したこともあります
いま聴くと、その強いメッセージはさらに心に響いてくる。生きとし生けるものの “命をいただく” 行為を究極に問う、そんな人間だけが悩み続ける禅問答のような壮大なテーマ。そこに声を張るイルカの強さと弱さ、そして優しさと厳しさが綯い交ぜになった魂の叫びをひしひしと感じてならないのだ。そんなイルカの思いのたけが、僕をいまでもやさしく包んでくれている。
「まあるいいのち」はイルカの “地球愛” そのもの
―― そして翌1980年、デビュー10周年を記念してアルバム制作に勤しむイルカ。シュリークスのメンバーでもあった夫の神部和夫(2007年没)からの強い薦めにより、名曲「まあるいいのち」がこの世に生まれた。
この「まあるいいのち」は、曲調は違えど「いつか冷たい雨が」からの系譜だと僕は思っている。初めてテレビから流れたこの曲を聴いたとき、点と点がつながった感じがしたのだ。
みんな同じ生きているから
一人にひとつずつ 大切な命
この楽曲を使った住友生命のCMは、多くの人々の共感を呼び、カンヌ国際広告祭で銅賞を受賞した。テレビから流れるこのメロディーを聴くたびに、心がほっこりと温かくなる人も多いだろう。“コンサートではどの会場でも大合唱になります。そのたびに今は亡き夫もさぞ喜んでくれているだろう…と私は嬉しく思います。” といったイルカ本人のコメントも納得だ。
童謡のような覚えやすいメロディー、そして巧みなアレンジもあって、そこにある優しさに満ち溢れた様々な “小さな命” をみんなが発見し、慈しみを感じることができた。それは、国際自然保護連合の初代親善大使として長く活動するイルカの “地球愛” そのものに気づかされた瞬間でもあろう。
みんな同じ地球の家族
一人にひとつずつ 大切な命
“まあるいいのち” とは、地球の丸と、円満という意味の丸もかけているのだろう。これは動物などに収まらず、地球に暮らす人々への問いかけである。今、イジメ問題で命を絶ってしまう子どもがいる。大人だって、見知らぬ人が寄ってたかって個人を叩き続けることで、命を投げ出してしまうことがある。さらには人種差別、貧富の差、国と国の争いなど様々な要因がみんなの丸い地球を歪な形にしてしまっている。
みんな同じ宇宙の仲間
一人にひとつずつ 大切な命
僕らは未来の子どもたちに、何を残してあげられるのだろう。イルカからの慈愛に満ちたメッセージを、何度も何度も繰り返し自問している。答えなんてきっと出ないけれど、そのやさしさは、こだましてみんなの心に呼びかけてくれる。もしかしたらそれが、命の循環ということなのかも知れない。
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2026.01.31