2014年 11月4日

5月24日はボブ・ディランの誕生日 −「地下室」に漂う “古くて奇妙なアメリカ”

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ボブ・ディランのアルバム「ザ・ベースメント・テープス・コンプリート:ブートレッグ・シリーズ第11集」が米国でリリースされた日
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「地下室」とボブ・ディランのルーツミュージック


今年はボブ・ディランのデビュー60周年にあたる節目の年らしく、5月24日の誕生日で81歳となる。同じ1941年生まれに誰がいるかなと興味本位で調べてみたら、ヴィヴィアン・ウエストウッドがいたことに驚いた(セックス・ピストルズの面々より15歳ほどお姉さんだったようだ)。

「ディランで原稿よろしく」と頼まれた時点で、僕の書きたいテーマは決まっていた。1975年リリースのザ・バンドとの共作『地下室(ザ・ベースメント・テープス)』である。75年とはいうものの、録音時期はさらに古い。1966年にバイク事故で大けがしたディランは、翌年リハビリ的にウッドストック近郊の「ビッグ・ピンク」と呼ばれる建物で、ホークス(のちのザ・バンド)の面々を呼び寄せて100曲を超える膨大な楽曲を録音した。そのうちの一部を編集して、二枚組にしたものが『地下室』である。

元々公にする予定などなかったから、自由かつリラックスした雰囲気で演奏された。ジョニー・キャッシュやハンク・ウィリアムズなどのカントリー曲のカバー、それからフォーク、R&B、トラディッショナルなどが中心的な内容で、ディランのルーツミュージックへの熱烈な回帰とされている。アメリカーナと呼ばれるジャンルの人気に火を付けたとか、90年代辺りに隆盛を極めた(アンクル・テュペロに代表される)オルタナ・カントリー勢にも影響を与えた作品などと評される。ようは “土臭いアメリカ伝統音楽”。



現時点でのディランの最新オリジナルアルバム『ラフ&ロウディ・ウェイズ』はコロナ禍の2020年にリリースされ大変な高評価を受けた傑作であるが、これもアメリカーナ要素の強い作品だった。このところディランのルーツ志向が再燃しているのもあり、『地下室』を再考すべきタイミングかもしれない。

錬金術師ハリー・スミスとディランの関係


さて、ディランのルーツ音楽(とりわけフォーク)への関心の芽生えにはいろいろな説があるが、とりわけ有名なのはウディ・ガスリーからの影響だろう。しかし「ガスリーだけ聴いてちゃダメだ」と、ジョン・パンケイクとポール・ネルソンという二人のフォーク狂がディランに教え諭し、あるアルバムを手渡した。それがフォークウェイズというレーベルから1952年にリリースされた『Anthology of American Folk Music』(以下『アンソロジー』表記)という二枚組三巻の超巨大コンピレーション作品だ。

遠い戦前の白人・黒人が歌う、ホーボー、鉄道員、炭鉱労働者、船乗りの不思議なバラッド(物語歌)の世界。そして今では使われなくなった新鮮な語彙で歌われる20、30年代の楽曲群に、ディランは没入していく。あまりに気に入ったものだから未だにディランが借りパクを決め込んでいる話は、マーティン・スコセッシ監督のドキュメンタリー映画『ノー・ディレクション・ホーム』でも描かれていたと記憶する(借りパクしないで済むような作品はそもそも借りる価値がないものだ、とディランを擁護)。

そしてこの『アンソロジー』を編纂したハリー・スミスなる人物が、アメリカン・エキセントリックの極北のような人なのだ。家系的には先祖はフリーメイソンの高官で、母は「世界で最も邪悪な男」と呼ばれた魔術師アレイスター・クロウリーの愛人。本人も実験映像作家、オカルト学者、人類学者、綾取りと紙飛行機の蒐集家、パティ・スミスの友達(!)と肩書不詳・定義不能・意味不明な人だった。“アメリカの荒俣宏” みたいな人、と言えば伝わる人には伝わるだろうか。

『ハリー・スミスは語る』(カンパニー社)によれば、全三巻としてリリースされた『アンソロジー』は本来的に四巻を予定していたらしく、その理由は「火・水・風・土の四大元素による世界の調和を表現するためだった」という。ヨーロッパ・オカルト原理を、土臭いアメリカのルーツ音楽にくっつけてしまうくらいには奇人だった。

であるからして、この『アンソロジー』には(シュルレアリスム的とまでは言わないまでも)珍しい昆虫を採集する少年にも似た、センス・オブ・ワンダーがみなぎっている。『地下室』はこの『アンソロジー』の雰囲気を狙ったものだという意見もあって、グリール・マーカスなどは二作品を繋げるために『見えない共和国』という一冊を書きあげたほどだ。そしてマーカスは「古くて奇妙なアメリカ(Old Weird America)」とその世界観をキャッチフレーズ化している。

「地下室」完全版に聴く“古くて奇妙なアメリカ”




とはいえ、僕は『地下室』を聴いても、イマイチ『アンソロジー』との繋がりを見出せずに悩んでいた。ハッキリ言って “古くて奇妙なアメリカ” が感じられないのだ… 何かが違う。そんな折、『ザ・ベースメント・テープス・コンプリート:ブートレッグ・シリーズ第11集』という作品が、2014年にリリースされていたことを知った。138曲(!)を収録した、計6時間半に及ぶ『地下室』完全版である。

ファンに不満だったオーバーダブやモノラルミックスなど余計な小細工を排除し、地下室でオープンリールに録音されたありのままの音が再現されている。かつて90年代に五枚組CD形式で『The Genuine Basement Tapes』というブートレグがリリースされたが、そこにさらに50分ほど世に出ることがなかった秘密の音源が加えられているという。

この完全版こそが、正に “古くて奇妙なアメリカ” だった! レイドバックした雰囲気、ラフな音、そしてアメリカ大陸を旅しているような長大な時間間隔は、75年の『地下室』では感じられなかったものだ。ディランとザ・バンドの面々が、本当に自分たちが演奏したいルーツ音楽を演奏し、音楽を通じたセラピーを行っている様子がドキュメントされている。

1967年というと、ビートルズが『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』でサイケデリックロック革命を起こしたのと同じ年、ディランとザ・バンドは土臭いアメリカーナに回帰した。不思議なもの・驚異的なものは、LSDによる意識拡張などではなく、忘れ去られるほどに古びたものの中に眠っていたことを、この6時間半の “旅” は教えてくれる。60年代という動乱の時代に、ウッドストック・フェスティヴァルで “汚染” が始まる前の静かな片田舎で、黄金製造を夢みる錬金術師のように、ディラン一行は黄金のルーツ音楽―― “古くて奇妙なアメリカ” を探求していたのだ。

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2022.05.24
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カタリベ
1988年生まれ
後藤護
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