1980年、駆け出し音楽ディレクターながらも、児島鉄兵、金森幸介、GAS、といったアーティストたちのレコードを出そうとウロウロしていた私は、さらに亀渕友香さんという女性シンガーにも少し関わりました。
友香さんは、1978年に石田長生プロデュース、主にGASのメンバーの演奏で『BACK STAGE』という素晴らしいアルバムをリリースしていて、その繋がりもありましたが、山下久美子の歌唱の先生だったということもあり、木﨑賢治さんといっしょに動いていました。
結論だけ言うと、彼女についてもまたデモテープを作っただけで終わり、リリースには至っていないのですが、彼女の、ゴスペルを思わせる実に懐の深い歌唱は、日本ポップス史上稀有のものだと思っています。
さて、以上のアーティストは私自身が強い興味を持って接した人たち。でも新米ですから、会社からもいくつか指令がありました。布施明さんの「カルチェラタンの雪」、あの酒井政利さんが仕切っていた梓みちよさん、評論家の立川直樹さんがプロデュースしたルイスというバンド……。
演歌もやらされました。“糸川蛍子” という人をご存知でしょうか? 1975年にアイドル “野中小百合” としてデビューしましたが、上手くいかず演歌に転向。TBSラジオの深夜番組「いすゞ歌うヘッドライト」のパーソナリティを努め、そのテーマソングを歌った人です。
彼女の「夕焼け父さん」というシングルを担当しました。発売日は1980年12月21日。まずタイトルがすごい(笑)ですが、私が拝命したときはもう歌詞がありまして。作詞は杉紀彦さん。そして作曲は森進一さんとかで有名な猪俣公章さん。「曲ができたそうだから受け取りに行ってくれ」というのが私への最初の指令でした。
赤坂にあった猪俣さんの事務所に行くと、多分お弟子さんなんでしょうけど、イガグリ頭の青年がやたら礼儀正しく出迎えてくれてドギマギ。もう充分演歌の世界です。そして貫禄たっぷりに登場した猪俣さんはその場で、できたての曲を弾いて歌ってくださいました。なぜかピアノではなく、ちょっと似合わないカシオトーンみたいなキーボードでしたが。
曲はまったく当たり障りのない普通の演歌でした。それはそれとしてすんなり作ってレコードにすれば私の任務は完了なのですが、若かったですから、それだけではおもしろくない。何かオリジナリティを出したい、なんて自分なりに考えて、そうだ、コブシのない演歌ってのは斬新だぞ、と思いつきました。
ボーカル・レコーディングの当日、スタジオで準備を整えていると、やがて猪俣さんが現れました。私がおもむろに「先生、敢えてコブシをつけないで歌うのもいいかと思うんですけど…」と話しかけると、間髪を入れず、
「バカヤロー、演歌はコブシだ!」
と一喝されました。その迫力に私は二の句を継げず、
「はいー、失礼しました〜」
そして、ごく常識的にコブシころころで唄は完了しました。レコードは売れませんでしたが、コブシなしの挑戦をしたらどうだったか? まあやはり売れたとは思えません……。
コブシなしが実現していたら是非その音を聴いてもらいたいですが、そうではないし、レコードも持ってないので(汗)、前述の亀渕友香さんのアルバム『BACK STAGE』の中から「ウイスキーナイト」というとってもいい曲を聴いてください。
2017.04.04
YouTube / tomorobin