マドンナはすでに “過去の人” なのか? ごく最近の話である。語学系YouTubeチャンネル『Chase & KenKen』で「アメリカで男が聞いたらバカにされる歌手をランキング付けしてみた!」という企画をやっていた。僕にとって割と興味深いネタだったので早速観てみたのだが、結論から言うと、少しショックを受けてしまった。
その動画では、20代米国人男性のチェイスが、大物アーティストたちの “バカにされる度” をレイティングしていた。もちろん “20代米国人男性” なんて人格の人間が存在する訳ではないので、あくまで彼個人の主観に過ぎないのだが、とはいえ、実際のエピソードを付け加えるなりして “必ずしも嘘とは言いきれない” 程度の信憑性は演出されていた。
僕がショックを受けたのは、マドンナの話が出てきた時だ。彼はマドンナについて、こうコメントした。
女々しくてお母さんが聞くような音楽(Super feminine it's like some stuff that like your mom would listen to.)” “あんた50代の女?って思われる(People would just be thinking like what the hell you like a 50-year-old woman.)
もしかしたら、マドンナはすでに “過去の人” なのか? 僕は昔からマドンナは極めて現役感が強く、同時代性の高いアーティストの代表格だと思っていたのだが、それは “ただの思い込み” だったのかもしれない。そこで、僕はその真偽を確かめるべく、彼女の最近の活動状況について改めて見てみることにした。
2023年には「セレブレーション・ツアー」で110万人以上を動員 2023年10月14日、マドンナにとって12回目のコンサートツアー『セレブレーション・ツアー』がロンドンのO2アリーナでスタートした。その後、欧州・米州各地を訪れ、全81公演で110万人以上を動員し、2億2,000万ドル以上の興行収入を記録している。
さらにツアーの締めくくりとして、翌2024年5月4日にはリオデジャネイロのコパカバーナ・ビーチで無料公演を開催したら、160万人以上のファンが来場。プロモーターのライブネーションによると、ザ・ローリング・ストーンズが2006年に同ビーチで行ったライブを上回る動員数を記録したという。彼女のキャリアにおいても、最大規模のライブであった。
このツアーに関しては、面白いエピソードがある。2024年3月にカリフォルニア州イングルウッドで開催されたライブを観た男性が、“公演内容が性的すぎる” とマドンナを提訴したと言うのだ。なんでも、“観客はステージ上でトップレスの女性が性行為を模倣するのを見るよう強要された” のだそうだ。
しかし、これはとてもおかしな話で、そもそもマドンナのステージが全く性的でなくなってしまったら、わざわざ高いチケット代を払って観に行く人がいるだろうか。これなんかは “それを言っちゃあ、おしまいよ” の最たるものだと思うのだが、それはともかく、65歳(当時)の女性アーティストが “性的すぎる” ことで話題になるなんて、まさに “マドンナここにあり!” である。
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マドンナのパブリックイメージが確立された「ライク・ア・ヴァージン」 そんなマドンナの “性的な” パブリックイメージが確立されたのは、1984年11月12日にリリースされた、彼女のセカンドアルバム『ライク・ア・ヴァージン』である。この作品で彼女は世界的にブレイクしたと言われるが、それは当時のチャートアクションを見れば明らかだ。
▶ ファーストアルバム ・ バーニング・アップ(全米8位、全英6位)
▶ 収録シングル ・ ホリデイ(全米16位、全英6位)
・ ラッキー・スター(全米4位、全英14位)
・ ボーダーライン(全米10位、全英56位)
▶ セカンドアルバム ・ ライク・ア・ヴァージン(全米 全英1位)
▶ 収録シングル ・ ライク・ア・ヴァージン(全米1位、全英3位)
・ マテリアル・ガール(全英3位、全米2位)
・ エンジェル(全米5位、全英5位)
・ ドレス・ユー・アップ(全米 全英5位)
個人的には彼女のファーストアルバムは好きだったし、実際 “中ヒット” したのだが、「ウィ・アー・ザ・ワールド」(1985年1月録音)にはマドンナでなくシンディ・ローパーが招待されたことを見ても、当時の存在感はまだまだだった。
マドンナが大きくジャンプできた理由 マドンナがファーストアルバムからセカンドアルバムにかけて大きくジャンプできたのには、いくつか理由があると思う。よく言われるのが音楽性の変化で、『ライク・ア・ヴァージン』はサウンド的にはマドンナのアルバム第2弾というよりは、デヴィッド・ボウイ『レッツ・ダンス』の後継アルバムといった方が近い。
実際、プロデューサー兼ギタリストのナイル・ロジャース、ベーシストのバーナード・エドワーズ、ドラマーのトニー・トンプソンといったシックの面々が参加していることや、NYのザ・パワー・ステーション(現:アバター・スタジオ)でレコーディングしていることなどが、『レッツ・ダンス』からそのまま引き継がれた。その結果、前作にはあったストリート感というか、ヒップホップ色は薄くなり、ポップさ、キャッチーさがぐっと増すことになった。
だが、僕はこうしたサウンド面の変化以外にも、『ライク・ア・ヴァージン』大ヒットの要因として少なくとも2つ挙げられると思っている。1つめが作品のタイトルである。当時、日本人女性の中には恥ずかしくてこの作品名を口に出せなかった人がいたと思うが、1980年代にしては性的に直接的な表現だったし、一度聞いたら忘れられないインパクトがあったのは間違いない。
2つめはマドンナのビジュアルである。彼女は当時 “マリリン・モンローの再来” と呼ばれたが、実際、意図的に寄せにいったと思う。ご存知の通り、マリリン・モンローは1950年代から60年代初頭にかけて最も人気のあったセックスシンボルであり、時代のアイコンでもあった。マドンナが「マテリアル・ガール」のミュージックビデオで着ていたピンクのドレスは、マリリン・モンローにインスパイアされたのだという。
VIDEO とにかく、こうした要因によってマドンナの “性的な” パブリックイメージが確立されたと思うし、そのことが彼女の世界的ブレイクに大きく貢献したと僕は考えている。そして、彼女が凄いのは、その時に確立したイメージを21世紀の今も維持していることである。
「ライク・ア・ヴァージン」がリリースされる1ヵ月半前の映像 ここで、1つ皆さんに観て頂きたい動画がある。MTVの公式YouTubeチャンネルにアップロードされているのだが、1984年9月14日に行われた『MTV Video Music Awards』(通称:VMAs)でマドンナが「ライク・ア・ヴァージン」を歌っている映像だ。この『VMAs』はMTVにとって初開催であり、当然マドンナにとっても初出演だった訳だが、実はシングル「ライク・ア・ヴァージン」がリリースされる1ヵ月半前の出来事である。
映像の中のマドンナはとても初々しく、パフォーマンスもどこか不安定で、まるで “マドンナ誕生前夜” の様相だ。この時と比べると、現在の彼女はどうだろう。肉体的な衰えはあるはずなのに、明らかに進化しているように見える。つまり彼女は40年もの間、進化し続けることでパブリックイメージを維持してきたのではないか。彼女と同い年だったマイケル・ジャクソンとプリンスは既に鬼籍に入り、彼女も今年66歳になったが、僕はこう断言できる。
マドンナはまだ終わってない。
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2024.11.09